エリート専務の献身愛
 ラウンジを出て、エレベーターホールに立つ。
 綺麗な夜景がやけに悲しく瞳に映る。

「家まで送るよ」
「いえ。往復は大変ですから。ここで」

 あれからまともに目を合わせていない。だって、顔を見たら辛くなる。
 なんて、自分が決めたことなのに。
 だけど……。

 エレベーターが来て私が先に乗り、浅見さんが続く。
 私の目的階は一階。浅見さんは途中の十五階。私は二か所ボタンを押し、ドアを閉めた。

 どうしよう。もう後悔している。

 浅見さんに背を向けたまま、肩に掛けたカバンを握り締め唇をギュッと噛んだ。

 正直、わからない。この判断が、正解なのかどうなのか。

 密室にふたりきり。ホテルは違うけれど、前にも同じシチュエーションがあった。
 甘い記憶。だからこそ、決心したはずの気持ちが揺らいで泣きたくなる。

 なにも会話をしないまま、ポン、と十五階を知らせる音が響く。それでも、私は微動だにしない。ちょっとも動けない。

 俯く視界に浅見さんの革靴が微かに映り込んだ。
 私を通り過ぎ、エレベーターから降りていくのだと思って、咄嗟に目を閉じる。

 刹那、壁に背を押し当てられ、顎を捕えられる。

 一瞬だけ、浅見さんの真剣で切なそうな瞳が見えた。あとは、もうなにも見えない。

「……っ、ん」

 ただ、柔らかな感触を唇に感じ、燻る思いを胸の奥に感じる。

 ドアが閉まる直前に浅見さんは名残惜しそうに離れ、淋しそうに眉を寄せた。
 そして、エレベーターを降り、ドアが完全に閉まるまで私をずっと見つめていた。

「うっ……」

 急降下するなか、嗚咽し崩れ落ちる。
 わかっている。自ら、好きな人の手を離してしまったことを。
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