エリート専務の献身愛
 クリックしようとした手が止まる。同時に、心臓まで止まると思った。

 私が動けずにいると、大きな手が私の手の上からマウスを操作する。背後を覆われる体勢は、私をあの香りで包んでくれる。

「シアトル行き? それは困るな。ついさっきこっちに着いたのに、また戻らなきゃいけなくなる」

 柔らかな口調。心地いい音程の声。
 手の温もり、安らぐ香り。

「あ、さみ……さん?」

 掠れた声で言い、唇を震わせる。
 ゆっくり頭を後ろに回すと、すぐ近くでニコリと微笑を浮かべる彼がいた。

「ど……して……」
「オレも聞いていい? どうしてシアトルに行こうと思っていたの?」

 夢じゃない。幻影でもない。
 本物の浅見さんだ。

「そんなの……。浅見さんに、会いたくて……」

 泣いてぐちゃぐちゃな顔なんて見られたくない。

 そう思いながら、頬を濡らし続ける。

 会いに来てくれるなんて思っていなかった。せっかく焦がれた人がすぐ側にいるのに、涙が邪魔をしてちゃんと見えない。

「オレの自惚れじゃなかったんだ。よかった、すれ違いにならなくて」
「え……」

 目尻を拭っている間に、後ろから抱きしめられる。

「瑠依と一緒。オレも会いたかったから来た」

 会いたいっていう気持ちが一緒だなんて、考えてもみなかった。
 交差した熱のこもる腕にそっと手を添える。
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