エリート専務の献身愛
 私の一年前と、浅見さんの一年前が一瞬だけだけど、確かに。

「っと、話しすぎたな」
「……それだけで、この間来たときに私を見つけたんですか?」
「ひと目でわかったよ。このオフィスから一直線上の、いつもの横断歩道。あそこで、意識的に姿勢を正すだろう?」

 あの横断歩道は今でも毎日通る。そして、未だにあの場所から一日のチェックをしている。
 まさかその〝仕事の裏側〟を見られていたなんて思わなかった。
 てっきり、カフェの前を通り過ぎるときだけだったんだとばかり……。

「それが想像以上に綺麗で。もう少し背筋を伸ばせばいいのにって思っていたから」

 なんだか恥ずかしい。でも、たくさんの人が行き交う道で、私を見つけて、見ていてくれたことがうれしい。

「あ、浅見さ――」

 聞きたいことがありすぎる。
 しかし、開きかけた私の口は、浅見さんに指を添えられ、声を封印される。

「会えなかった時間だけ、積もる話は確かにあるけれど」

 静かなオフィス。突然低く囁かれた声。ゆっくりと落ちてくる彼の影。
 離れていても、好きな人。

「この二か月ぶん、瑠依を感じさせて」

 離れていたから、もっと、好きになった人。

 今、ゼロになった距離が、たまらなく愛おしい。

「ふっ……ン」

 覆われた唇から僅かに吐息が漏れる。
 息が苦しくなって口を離しても、寸時の猶予もなく重ねられる。

 彼の胸に縋るように置いていた手すらも力が抜け落ちそうになったとき、ゆっくり解放された。
 瞼を押し開け、視界に映ったのは、浅見さんの熱っぽい視線。

「まだ、足りない。瑠依は?」

 狡い。そんな情熱的な表情で言われたら、ここがオフィスだってどこだって、理性なんて簡単に飛ばされる。

 たどたどしく頷く。すると、浅見さんは口に緩やかな弧を描き、私の手を取った。

「ついてきてくれる? 瑠依がいちばんって決めていたから」

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