エリート専務の献身愛
「あ、きっと冷めちゃいましたね」
「本当だ。まぁ、どうせ温かいまま飲めるとは思っていなかったから」
「え?」

 浅見さんはカップの側面を触って言った。私はリビングの入り口に立ったまま、小さく首を傾げる。
 すると、彼はまた私の元へやってきた。正面に立って頭を傾け、私に一瞬影を落とす。

「コーヒーを飲む余裕なんてないのはわかっていたし」

 口元でぼそっと言われ、頬が熱くなる。
 直立不動でいると、両手を回され、抱きしめられた。

「本当言うと、ちょっと怖かった」

 聞き逃してしまいそうな小声は、浅見さんっぽくない。
 なにかあったんだろうか。弱っているなら、抱きしめ返したい。

 迷いながら、手にしていたカバンをドサッと床に落とし、両手を宙に浮かせる。

「な、なんで……?」
「瑠依が、誰かのものになっているんじゃないかって。まぁ、奪い返そうとは思ってきたけど」

 誰かの、って。それって、この二か月の間にってことだよね。
 そんなこと絶対にありえなかった。

 だけど、浅見さんでも不安に思ったりするんだ。

「あのとき……ひとこと、言ってくれていたら」

 触れるか触れないかという感じで彼の背に手を添える。

 二か月前、最後に会ったあの日。
 こっちに戻ってくる予定だ、って。だから、少しの間待っていてくれ、って言ってくれていたら。

 つい、恨み言のように漏らしてしまった。
 浅見さんはしばらく黙った。そして、ぽつりと呟く。

「……前に『二度と待たせない』って誓った手前、ちょっと言いづらくて」

 予想だにしない回答に目が点になる。

 言われて思い出したけれど、確かにそんなことを言っていた。でも、向こうではハッタリでも『できる』って言うのが普通だって教えてくれたのは浅見さんなのに。

 びっくりして言葉を失ったけれど、しゅんとする様子に笑いが零れる。

 こういう部分も、本当は持っている人だったんだ。
 完璧だと思っていた人の弱い部分を知ると、がっかりするどころかうれしくなるんだって初めてわかった。
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