エリート専務の献身愛
「辻先生!」
「ああ、城戸さん。待っていてくれたんだ」
白衣を着こなしている辻先生は、夕方にも関わらず、疲れを見せない。私の呼び声に爽やかな笑顔を向ける。
月島総合病院泌尿器科のドクターである辻先生。
ここの院長の娘さんの子ども……つまり、お孫さん。そのため、若いけれど、薬剤の処方権を握っていると言っても過言ではない。
そんなふうに考えて近づくのは本当のところ気は進まないんだけど、薬を使ってもらいたいし……。
「お忙しいところ、いつも申し訳ありません」
「いやー。患者数が増えてく一方でね。休む暇ないよ」
辻先生は、無自覚な自己陶酔型の人だと思う。……なんて、そんなこと口が裂けても本人の前では言えない。
ルックスは悪くはない。それなのに、自分の話ばかりで看護師さんたちには煙たがられているらしい。
今も、たぶんこちらが黙っていれば、彼が終始喋って終わってしまう。
私は、営業スマイルで仕事の話を切り出した。
「本当、お疲れ様です。あの、手短かにお話させていただきますね」
「兄のとこにも行ったの? あいつ、無愛想だし、城戸さんを待たせた挙句軽く受け流したりしてない?」
さっそく話の腰を折られ、困ってしまう。でも、機嫌を損ねるのは避けたい。となると、笑顔は崩さぬまま、うまく話を受け流すしかない。
「あ……お兄様のほうはこれからで……」
辻先生は次男で、長男であるお兄さんもこの病院の循環器内科でドクターをしている。もちろん、私は仕事だからお兄さんの元にも足を運ぶ。
ことあるごとに、お兄さんと比べるような言い方をするものだから、対抗心を持っているのだなとはすでに知っていた。
すると、辻先生は私の答えに対し、明らかにご機嫌模様。
ニコニコ顔で私に近づき始める。
「あ、そうなんだ。おれのほうに先に来てくれたんだ。それはうれしいな」
周りに人は見当たらないとはいえ、院内だ。
というか、それ以前にお互い仕事中だし、親しくもないのに距離が近すぎる。
両手を伸ばされると簡単に捕まってしまいそうな距離を、カバンから取り出したパンフレットで少し離した。