迷彩男子の鈴木くんが、お嬢様の高町巫果さんに魔法を掛けるお話
プロローグ 高町巫果でございます。
本日はお日柄も良く。
わたくし、高町巫果は、お見合いの度に利用している〝クラリス・ホテル〟に今日もやって参りました。こちらは我が高町グループの傘下にございます。ロビーを歩いても、エレベーターに入っても、どの従業員も皆丁寧に迎えて下さいました。いつもタイミング良く空いているというので、上階の準スイートを控室に使わせて頂きます。一緒にやって来たお手伝いさんに、文字通りお手伝い頂いて、私は着物に身を包みました。
帯。襟芯。裾を調節しながら、胸元を合わせて。
一人でもどうにか着られるのですが、ここは体力温存を優先致します。ひょっとしたら思いがけず長丁場になってしまうかもしれませんので。
晴れ着は、訪問用の友禅を纏います。これは、高町グループの子会社が主催のミス友禅コンテスト金賞を受賞した時の景品でした。この所の異常気象で、たまに夏日のような気温が襲ってまいりますが、とはいえ、もう10月です。着物の深い橙色や黄色が、秋というこの季節にふさわしいでしょう。
長い髪を後頭部でまとめ、「御髪は、若々しく致しましょうね」と手を入れるお手伝いさんに任せております。お手伝いさんは、こめかみから頬に掛けての遅れ毛を、円を描くようにくるんとアレンジして下さいました。
「お嬢様、今日はどなたにお会いになるのですか」
「〝大川財閥の御長男〟と」
釣書に書いてある事を読みました。「あらぁ」お手伝いさんからは、まぁ凄いと、そんなようなニュアンスが伝わって参ります。私の中でこの方は〝お兄様のお友達のお知り合い〟という範疇ですけれど。
「お年頃もちょうど良くて。仲良くなれるとよろしいですね」
私は頷きました。仲良くなれるかどうか……少々、不安もあります。お見合いは今日で8回目とはいえ、私も幾分、緊張して参りました。
身支度をしてお約束のティールームに向かいます。その方は既にお待ちでした。なるほど、お育ちの良さそうな、賢そうな面差しをしておられます。
遅れた事を詫びて、紅茶を頼んで、
「高町巫果、と申します」
私から御挨拶させて頂きました。その方は、お名前に加え、御家族の偉業の数々を教えて下さいました。そこから、話題はその方の趣味とかいう御車の事になります。爽やかな笑顔で、「1台5000万円しちゃって」とか仰いました。「もう次に購入する車も決まっているんですよ」と嬉々と語られます。
それも1台6000万円、と。
「何と素晴らしい」
心の底から、そう思いました。その方も、「いやぁ」と嬉しそうになさいます。
仕事が趣味と言うお兄様は「20億でどうにかならないか」と電話で、いつも困ったような顔を致します。趣味と言っておりますが、とても幸せそうには見えません。失礼を承知で、6000万円程度、と言わせて頂きますが……ごめんなさい。その6000万円でそこまでお幸せになれるなら。
「お兄様にも、そういった趣味を薦めたく思います」
「ま、趣味は人それぞれですからね」
「いいえ、あなた様を見習うよう言いたくなりました」
「いや、高町社長にそんな……」
心の広い方、なのでしょう。そう御謙遜なさいます。
「巫果さんは、どんな事に興味がありますか」
満を辞して、わたくしにお話が振って参りました。「興味と言えば」
私は深呼吸を致します。
「とても気になる事が1つ。御子息さまに、お聞きしたい事がございます」
これを確かめる為に参りました、と言っても過言ではありません。御子息さまは「何でもどうぞ」と身を乗り出して下さいます。私も顔を近づけました。
私は口を開きました。
思う事を、聞きたい事を、ここでお話いたしました。
クラシックの調べを邪魔しないように。紅茶の香りに乗せて漂うように。
そしてまるでお芝居の台詞のように。それは歌うように。
それを聞いた御子息様は、奥ゆかしく、静かに立ち去って行かれます。
秋も深まる……10月に入ったばかりの頃の事でございました。
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