迷彩男子の鈴木くんが、お嬢様の高町巫果さんに魔法を掛けるお話
ムチャ振り。
そして日曜日、当日。午後11時。
まるでデジャ・ヴ。
あれから一週間が経ったとは、到底思えない。今日も頭の中では、この後の健康ランドが踊る。今夜も行くとして……せめて先週とは違う所にしよう。
高町さんの装いは、先週とは違う深い色合い、臙脂色の清楚なワンピース姿だった。だが僕はネクタイこそ違えど、またまた同じスーツで来ている。本気で、休日の意味が無い。そうは言っても、いくら休日だからってホテルのラウンジに軽装で来る訳にもいかないから。
「鈴木さん、こんにちは」
「はい。こんにちは」
席に着き、飲み物が来るのも待てないのか、彼女はお馴染の女性雑誌を開いた。
「これです」
「また、そこから始めますか」
洗脳が過ぎる。易々とマスコミの思惑に乗っかる人間の生き見本だと思った。
〝デートを盛り上げる魔法の言葉〟
また、魔法。正直、げんなり。
「これを、やってみたいのです」
「確認しますが、僕はあなたの恋人ではありません。そこお分かりですよね?」
「もちろんです。普通の男性と出会ったその後、普通の人は普通のデートにどういう所に行くのか。予習しておきたいのです」
またムチャ振りの予感がした。勉強のため、そう言えばいいと思ってないか。
「デートは普通に遊園地。普通にドライブなど、とありますね」
〝普通〟と付ければ何でも行けると思ってないか。
「なので、これから御一緒に参りましょう」
「えぇー……って、それ高町さんが単に遊びに行きたいだけでしょう」
その途端、お嬢様の眼差しが微妙に険を放った。あ、うそうそ。
「い、行きますか」
「はい。参りましょう」
ちょうどやって来た飲み物をそのままに、僕達はホテルを後にした。
「遊園地といっても色々ありますよ」
日曜日。この時間から。なんとかランド。先が思いやられる。
「大丈夫です。迎えの者を頼んでありますので」
何が大丈夫なのか。程なくして、それは判明する。(恐らく)高町家のお抱え運転手に連れられて、僕達は高町グループの経営するデパートの屋上、アトラクション会場に連れて来られた。確かに、遊園地ではあるけれど……運転手に同情的な目で見送られた意味が今なら分かる。なんとかランドじゃなくても、日曜日は家族連れで一杯。スーツで来る所じゃない。僕は浮きまくりだ。
「鈴木さん、あれがいいです」
お嬢様は観覧車を指さした。パンダライドじゃなくて命拾いした……という問題でもない。
「もう1度確認しますが。高町さんが乗りたいだけ、ですよね?」
「いいえ。鈴木さんも乗りたいでしょう?」
「何ですかその、決め付けた言い方は」
僕が言い終わるのを待たずに「さぁ!」と背中を押された。
大人も一緒に乗って差し支えないという気安さのせいか、かなり本格的な観覧車は大人気のようで、日曜日と言う事もあって行列が果てしない。ファミリー限定なのかと疑う程、前も後ろも、御家族連れであった。
「30分待ちで~す」とプラカードを持ってやって来た女性案内人が、僕を見て……というか高町さんを見て目の色を変える。
「お、お嬢様!申し訳ございません!気が付かなくて。どうぞ前まで」
どうやら優先的に乗るよう促されている。
「いえ、大丈夫です。気になさらないで下さい。普通に並びますので」
グッジョブ。さすがにルール重視。女性案内人は微笑ましく眺めてくれた。
「普通の方は並ぶのです。私達も普通に並びましょうね」
ちょっと聞いたら、絵に描いたような好感度ナンバーワンのお嬢様である。
ただただ、彼女は〝普通〟というツボを見つけてキラキラしているだけ。
客の御機嫌を取るゆるキャラ、ほにゃららパレードには目もくれない。お嬢様の興味は、この行列に叶うものはない。子供が泣き出す。カップルが口喧嘩。その場で座り込むヤンキーカップル。高町さんは、そこらじゅうの〝普通〟を興味深々で眺めていた。
泣いていた子供が一瞬で笑顔になる。
ケンカ中のカップルが堂々とイチャつく。
その場で座り込んでアイスを食っていた中坊が服を汚してケタケタと笑う。
「これほどの魔法を、みなさん何でも無い事のように」
素晴らしい、と高町さんは眩しそうに目を細めた。
程なくして僕達の番になる。「ごゆっくりお楽しみ下さい」何て事無い見送りなんだと分かっていても、やけに意味ありげに聞こえた。思えば、ここの従業員は高町グループのそれなのだ。噂になるのも時間の問題かもしれない。
小さな箱の中、彼女と向き合って座る。
「小さい頃、兄に連れて来てもらった事があるんです」
乗り込んですぐ、そんな思い出話になった。
「お父様がお仕事に忙しいと、遊んでくれたのはお兄様でした」
デートにかこつけて思い出の場所に来たかった、と言う事かもしれない。
一人では来づらい。同年代の友達を誘うというのも気が引ける。そこで、僕に白羽の矢が立ったのだと、そう思う事にした。
「お兄様は、今はまるで父親代わりなのです」
そこから、6年前に亡くなったという前社長の思い出話に変わる。
殆ど家に居なかった。
「朝は、父親の湯呑に残った温かいお茶を私が頂く。それが日課でした」
病に倒れて、家と病院を出たり入ったり。
「亡くなってからも、まだ病院に居るんじゃないかと思ってしまって」
彼女が泣き出してしまうんじゃないかと、気が気じゃなかった。彼女の境遇を自分に置き替えてみたりなど、僕も少々感傷的になる。
観覧車が頂点に達するまで、お互い一言も発しないまま。
程なくして、
「鈴木さん、もしここで部品が外れたら、私達はどうなるのでしょう」
お嬢様が前のめりに訴えてくる。何だか調子狂うなぁ。
「先に言っときますが、何があっても絨毯のお迎えなんか来ませんからね」
彼女は、ふふふと笑った。
高い所が怖いというより、お嬢様の過度な期待が妙にくすぐったい。
彼女は「あれ……」と何やら見つけたように外を指差した。見れば、映画やら何やらの告知ポスターである。
「私、エリカとは高校から一緒なんです」
「え?」
そう言われて見れば、エステの広告に新進モデルのエリカが居る。
「あのエリカと?」
「はい」とスマホを取り出して、友達の集合写真を見せてくれた。マジ本物。どう見てもすっぴん。それでも当り前に可愛いな。「おぉー」
「鈴木さんは、エリカのような美人がお好きですか」
「ちょっと心奪われそうです。お友達ですか。羨ましいなぁ」
じいぃっと睨まれた。ここでまさか女の嫉妬?と判断するのは早かった。
「鈴木さんは、いつか仰ったABCさんをもうお忘れですか」
ABCと端寄られては黙って居られない。
「忘れてなんかいませんよ。ちなみに、ABCではなくてAKBです。これでもファンクラブに入るほど入れ込んでいます。いくら高町さんでも間違われるとムッときますよ」
ドヤ顔で言う事でもないか。
「だったら、エリカをどうとか言ってる場合ではありませんでしょう」
「それはそうですけど」
何だこれは。まるでチャラい不埒な男だと説教されているみたいだ。
「そんな怒る事でしょうか。高町さんだって、たまには嵐みたいなイケメンにちょっと惹かれる事ってあるでしょう?」
「あらし?いけめん?」
そこから、ですか。
「嵐とは大人気のアイドルグループで、イケメンとは魅力ある男性の事です」
僕はまるで広辞苑にでもなったように説明を繰り返した。
10秒。
20秒。
30秒。
「高町さん、お分かりでしょうが、僕はそういうジャンルではありません。どんなに探っても、落とし所なんか見つかりませんよ」
こんな小さな箱の中、お嬢様に、じいぃぃっと眺められ、本気で悩まれる事に耐えきれないと僕はギブアップした。
観覧車から降りる頃になって、空模様が怪しくなる。細かい雨がしとしと降り始めたと思ったら、見る見るうちに本降り。アトラクションを楽しむ状況じゃないと悟ったのか、客もゆるキャラも早々に切り上げて雨宿りを始めた。
こっちも早々に切り上げて……近場の健康ランドにでも飛び込みたい。
階下に降りて、タクシーに次々と乗り込む人達をしばらく眺めながら、デパートの入り口で雨宿りをしていた。雨はどんどん強くなる。
「あいにくの天気ですね」
お嬢様の様子を伺った。
「やだぁ、もぉ。やだぁ、もぉ」
何故2度も繰り返す?
棒読みの呟きが気にならないと言ったらウソになるが、さすがのお嬢様もガチで愚痴る程の強い雨だった。「ほんと嫌ですね」
突然、彼女は僕の腕を取り、悩ましく見上げた。濡れた髪の毛が額に貼り付いている。それが目元を邪魔して、居心地が悪くないだろうか。つい、手で払ったけれど、これは馴れ馴れしくはなかったか。気にし過ぎか。
「鈴木さん、向こうのビルまで走りましょう」
「濡れますよ?もうちょっと様子を見ませんか」
「何を言うのです。横に居たカップルはもう飛び出していきましたよ」
え?
まるでデジャ・ヴ。
あれから一週間が経ったとは、到底思えない。今日も頭の中では、この後の健康ランドが踊る。今夜も行くとして……せめて先週とは違う所にしよう。
高町さんの装いは、先週とは違う深い色合い、臙脂色の清楚なワンピース姿だった。だが僕はネクタイこそ違えど、またまた同じスーツで来ている。本気で、休日の意味が無い。そうは言っても、いくら休日だからってホテルのラウンジに軽装で来る訳にもいかないから。
「鈴木さん、こんにちは」
「はい。こんにちは」
席に着き、飲み物が来るのも待てないのか、彼女はお馴染の女性雑誌を開いた。
「これです」
「また、そこから始めますか」
洗脳が過ぎる。易々とマスコミの思惑に乗っかる人間の生き見本だと思った。
〝デートを盛り上げる魔法の言葉〟
また、魔法。正直、げんなり。
「これを、やってみたいのです」
「確認しますが、僕はあなたの恋人ではありません。そこお分かりですよね?」
「もちろんです。普通の男性と出会ったその後、普通の人は普通のデートにどういう所に行くのか。予習しておきたいのです」
またムチャ振りの予感がした。勉強のため、そう言えばいいと思ってないか。
「デートは普通に遊園地。普通にドライブなど、とありますね」
〝普通〟と付ければ何でも行けると思ってないか。
「なので、これから御一緒に参りましょう」
「えぇー……って、それ高町さんが単に遊びに行きたいだけでしょう」
その途端、お嬢様の眼差しが微妙に険を放った。あ、うそうそ。
「い、行きますか」
「はい。参りましょう」
ちょうどやって来た飲み物をそのままに、僕達はホテルを後にした。
「遊園地といっても色々ありますよ」
日曜日。この時間から。なんとかランド。先が思いやられる。
「大丈夫です。迎えの者を頼んでありますので」
何が大丈夫なのか。程なくして、それは判明する。(恐らく)高町家のお抱え運転手に連れられて、僕達は高町グループの経営するデパートの屋上、アトラクション会場に連れて来られた。確かに、遊園地ではあるけれど……運転手に同情的な目で見送られた意味が今なら分かる。なんとかランドじゃなくても、日曜日は家族連れで一杯。スーツで来る所じゃない。僕は浮きまくりだ。
「鈴木さん、あれがいいです」
お嬢様は観覧車を指さした。パンダライドじゃなくて命拾いした……という問題でもない。
「もう1度確認しますが。高町さんが乗りたいだけ、ですよね?」
「いいえ。鈴木さんも乗りたいでしょう?」
「何ですかその、決め付けた言い方は」
僕が言い終わるのを待たずに「さぁ!」と背中を押された。
大人も一緒に乗って差し支えないという気安さのせいか、かなり本格的な観覧車は大人気のようで、日曜日と言う事もあって行列が果てしない。ファミリー限定なのかと疑う程、前も後ろも、御家族連れであった。
「30分待ちで~す」とプラカードを持ってやって来た女性案内人が、僕を見て……というか高町さんを見て目の色を変える。
「お、お嬢様!申し訳ございません!気が付かなくて。どうぞ前まで」
どうやら優先的に乗るよう促されている。
「いえ、大丈夫です。気になさらないで下さい。普通に並びますので」
グッジョブ。さすがにルール重視。女性案内人は微笑ましく眺めてくれた。
「普通の方は並ぶのです。私達も普通に並びましょうね」
ちょっと聞いたら、絵に描いたような好感度ナンバーワンのお嬢様である。
ただただ、彼女は〝普通〟というツボを見つけてキラキラしているだけ。
客の御機嫌を取るゆるキャラ、ほにゃららパレードには目もくれない。お嬢様の興味は、この行列に叶うものはない。子供が泣き出す。カップルが口喧嘩。その場で座り込むヤンキーカップル。高町さんは、そこらじゅうの〝普通〟を興味深々で眺めていた。
泣いていた子供が一瞬で笑顔になる。
ケンカ中のカップルが堂々とイチャつく。
その場で座り込んでアイスを食っていた中坊が服を汚してケタケタと笑う。
「これほどの魔法を、みなさん何でも無い事のように」
素晴らしい、と高町さんは眩しそうに目を細めた。
程なくして僕達の番になる。「ごゆっくりお楽しみ下さい」何て事無い見送りなんだと分かっていても、やけに意味ありげに聞こえた。思えば、ここの従業員は高町グループのそれなのだ。噂になるのも時間の問題かもしれない。
小さな箱の中、彼女と向き合って座る。
「小さい頃、兄に連れて来てもらった事があるんです」
乗り込んですぐ、そんな思い出話になった。
「お父様がお仕事に忙しいと、遊んでくれたのはお兄様でした」
デートにかこつけて思い出の場所に来たかった、と言う事かもしれない。
一人では来づらい。同年代の友達を誘うというのも気が引ける。そこで、僕に白羽の矢が立ったのだと、そう思う事にした。
「お兄様は、今はまるで父親代わりなのです」
そこから、6年前に亡くなったという前社長の思い出話に変わる。
殆ど家に居なかった。
「朝は、父親の湯呑に残った温かいお茶を私が頂く。それが日課でした」
病に倒れて、家と病院を出たり入ったり。
「亡くなってからも、まだ病院に居るんじゃないかと思ってしまって」
彼女が泣き出してしまうんじゃないかと、気が気じゃなかった。彼女の境遇を自分に置き替えてみたりなど、僕も少々感傷的になる。
観覧車が頂点に達するまで、お互い一言も発しないまま。
程なくして、
「鈴木さん、もしここで部品が外れたら、私達はどうなるのでしょう」
お嬢様が前のめりに訴えてくる。何だか調子狂うなぁ。
「先に言っときますが、何があっても絨毯のお迎えなんか来ませんからね」
彼女は、ふふふと笑った。
高い所が怖いというより、お嬢様の過度な期待が妙にくすぐったい。
彼女は「あれ……」と何やら見つけたように外を指差した。見れば、映画やら何やらの告知ポスターである。
「私、エリカとは高校から一緒なんです」
「え?」
そう言われて見れば、エステの広告に新進モデルのエリカが居る。
「あのエリカと?」
「はい」とスマホを取り出して、友達の集合写真を見せてくれた。マジ本物。どう見てもすっぴん。それでも当り前に可愛いな。「おぉー」
「鈴木さんは、エリカのような美人がお好きですか」
「ちょっと心奪われそうです。お友達ですか。羨ましいなぁ」
じいぃっと睨まれた。ここでまさか女の嫉妬?と判断するのは早かった。
「鈴木さんは、いつか仰ったABCさんをもうお忘れですか」
ABCと端寄られては黙って居られない。
「忘れてなんかいませんよ。ちなみに、ABCではなくてAKBです。これでもファンクラブに入るほど入れ込んでいます。いくら高町さんでも間違われるとムッときますよ」
ドヤ顔で言う事でもないか。
「だったら、エリカをどうとか言ってる場合ではありませんでしょう」
「それはそうですけど」
何だこれは。まるでチャラい不埒な男だと説教されているみたいだ。
「そんな怒る事でしょうか。高町さんだって、たまには嵐みたいなイケメンにちょっと惹かれる事ってあるでしょう?」
「あらし?いけめん?」
そこから、ですか。
「嵐とは大人気のアイドルグループで、イケメンとは魅力ある男性の事です」
僕はまるで広辞苑にでもなったように説明を繰り返した。
10秒。
20秒。
30秒。
「高町さん、お分かりでしょうが、僕はそういうジャンルではありません。どんなに探っても、落とし所なんか見つかりませんよ」
こんな小さな箱の中、お嬢様に、じいぃぃっと眺められ、本気で悩まれる事に耐えきれないと僕はギブアップした。
観覧車から降りる頃になって、空模様が怪しくなる。細かい雨がしとしと降り始めたと思ったら、見る見るうちに本降り。アトラクションを楽しむ状況じゃないと悟ったのか、客もゆるキャラも早々に切り上げて雨宿りを始めた。
こっちも早々に切り上げて……近場の健康ランドにでも飛び込みたい。
階下に降りて、タクシーに次々と乗り込む人達をしばらく眺めながら、デパートの入り口で雨宿りをしていた。雨はどんどん強くなる。
「あいにくの天気ですね」
お嬢様の様子を伺った。
「やだぁ、もぉ。やだぁ、もぉ」
何故2度も繰り返す?
棒読みの呟きが気にならないと言ったらウソになるが、さすがのお嬢様もガチで愚痴る程の強い雨だった。「ほんと嫌ですね」
突然、彼女は僕の腕を取り、悩ましく見上げた。濡れた髪の毛が額に貼り付いている。それが目元を邪魔して、居心地が悪くないだろうか。つい、手で払ったけれど、これは馴れ馴れしくはなかったか。気にし過ぎか。
「鈴木さん、向こうのビルまで走りましょう」
「濡れますよ?もうちょっと様子を見ませんか」
「何を言うのです。横に居たカップルはもう飛び出していきましたよ」
え?