迷彩男子の鈴木くんが、お嬢様の高町巫果さんに魔法を掛けるお話
また、ムチャ振り。
「先ほど、それは男性が主導で行われました」
うふふ、と笑って、僕にプレッシャーを掛けてくる。「やだぁ、もぉ。やだぁ、もぉ」と、彼女はまた2回繰り返す。てゆうか、それ何?
「エスコートは鈴木さんにお任せ致します」
あの方々はこうやって、こうやって……と、お嬢様に詳しく御教授された。
「ぜひ、同じようにお願い致します」
また、ムチャ振りか。
僕は教えられたように上着を脱いで、高町さんの頭に掛けた。自分もそこに一緒に入る。そこから、まるで映画の1シーンのように、信号が青になる瞬間、2人で飛び出した。急に距離が近付いて少々たじろぐ。だがそれも一瞬の事。
一歩外に踏み出した途端、猛烈な雨粒に体も意識も自由が奪われた。
「高町さん、もっと中に入って下さい」僕と同様、照れている場合じゃない。
「もう少し早く走れませんか」足元を気にして遊んでいる場合でもない!
目的地に辿り着いた時は、1分も走ってないのに上着はずぶ濡れ。足元も、びちゃびちゃ。濡れなかったのは頭だけ。
「冷たいです。何もかも汚れました。ほら、雑誌もこんなになってしまって」
「だから言ったでしょう。普通そんなニコニコする所じゃありませんからね」
「〝やだぁ、もぉ〟」
「それです」
お嬢様は無邪気にけたけた笑った。足元にまとわりつく泥濘をブーツでバタバタ踏んでいる。
「それ、いつまでやります?子供じゃあるまいし。遊び過ぎですよ」
お嬢様と出会って後、これほど険を交えて苦言を呈したのは初めての事である。
「鈴木さん、御機嫌斜めですか?」
「いえ、そういう訳では」
その通りだが、だからと言って、お嬢様相手に感情的になる訳にもいかない。
「ね、鈴木さん」と、彼女は僕を見上げて「魔法は素晴らしいでしょう?憂鬱な雨が、これほどドラマティックになるんですよ」
言いたい事は分かるような気もした。だがお嬢様のツボが未だに分からない。
この勢いで、最後を告げるなら今か?空は、雨雲の影響もあってなのか、とっぷりと暮れてくる。もしここで告げたとして、この雨の中を放り出す訳にもいかないだろう。せめて家までは見送らないと……僕はお嬢様の様子を窺いながらタイミングを計っていた。
「鈴木さん、ディナーは、どう致しましょう」
「この格好では、ハイクラスなレストランは無理です」
「あそこはどうでしょう」と、お嬢様はその先のファミレスを指さした。
「何の記念日でも無い日、普通のデートはファミレスだと聞いた事があります」
僕らの身分では、確かに。
「この格好では無理でしょうか」
「ギリ行けます」
話は落ち着いてからでも遅くない。
従業員に顔色で拒絶されなければいいと心配していた事は杞憂に終わる。土砂降りの雨も手伝って、ほとんどがずぶ濡れで行列だった。日曜日は、家族連れで大賑わい。普通に、行列に並ぶ。1時間待って席に案内された。注文した料理が20分経っても出て来ない。だが彼女はずっとニコニコしている。
隣は6人家族がにぎやかだ。反対隣りは、何かの試合の帰りなのか、団体客がさっそくビールで乾杯している。彼女はそれらを眺めているだけで飽きないらしい。僕はと言えば……上手く行ったら今頃はこっちも健康ランドで一杯やっていたかもしれないと未練が漂う。夜になってから飛び込むというのは何となく金が勿体ない。そんな事を考えていると、程なくして料理が運ばれてきた。
ファミレスと言えば〝普通〟はハンバーグ。彼女に迷いは無い。すぐそこを子供が駆け回る。席がドリンクバーに近い事も手伝ってか、客が周囲を入れ替わり立ち替わり慌ただしかった。お嬢様は、興味津津で見物しているけど。
「もっと静かな所が良かったんじゃないですか」
「確かに、普通の恋人同士は静かな場所に行きたがると知っています」
「では本番、意中の方とは静かな所に行って下さいね」
みんながみんな、こんな状況に我慢できるとは限らない。僕はそう釘を差したつもり。「はい」と、彼女は返事もそこそこ「鈴木さん、ドライブなんですが、それはまた次の機会にお願い致します」とハンバーグを上品に口に運んだ。
これも約束致しました……と言い張るかもしれない。終結宣言を切り出すのはいつなのか。ずっと様子を窺っているものの、なかなか難しい。
食事を終えて、コーヒータイムになると、彼女はまた雑誌を開いた。よく見たら、それは去年発行である。さっきの雨で濡れたページがしなびている所を、彼女は大事そうに何度もハンカチで拭った。
「鈴木さん、ドライブは海です。恋人同士は必ず訪れると言います」
僕は重々しく頷いた。1年越しで憧れたドライブとはいかばかりか。
高町さんが、デートというシチュエーションの一体どこに興味を覚えるのか。僕はそこに興味を覚える。
「海というのはケンカして別れる場所NO1だそうです。スリリングですね」
「それでも行くんですか」
「はい。ぜひ」
普通に……2人は海に訪れ、そして普通にお別れ。
高町さんは、恋愛オールラウンド、一気に学ぶ気でいるのか。そう言う事なら、僕達の終結、迎えるタイミングにはちょうどいい気もしてくる。
「今度の日曜日は、時間をちょっと早めに来て頂けますか」
大丈夫でしょうか?と訊ねられた。行くか行かないか、ではない。早いか遅いか大丈夫かと問われると……「大丈夫です」
〝あなたと会うのは今日が最後です〟
スリリングなお別れになる予感を感じる。
この次。
うふふ、と笑って、僕にプレッシャーを掛けてくる。「やだぁ、もぉ。やだぁ、もぉ」と、彼女はまた2回繰り返す。てゆうか、それ何?
「エスコートは鈴木さんにお任せ致します」
あの方々はこうやって、こうやって……と、お嬢様に詳しく御教授された。
「ぜひ、同じようにお願い致します」
また、ムチャ振りか。
僕は教えられたように上着を脱いで、高町さんの頭に掛けた。自分もそこに一緒に入る。そこから、まるで映画の1シーンのように、信号が青になる瞬間、2人で飛び出した。急に距離が近付いて少々たじろぐ。だがそれも一瞬の事。
一歩外に踏み出した途端、猛烈な雨粒に体も意識も自由が奪われた。
「高町さん、もっと中に入って下さい」僕と同様、照れている場合じゃない。
「もう少し早く走れませんか」足元を気にして遊んでいる場合でもない!
目的地に辿り着いた時は、1分も走ってないのに上着はずぶ濡れ。足元も、びちゃびちゃ。濡れなかったのは頭だけ。
「冷たいです。何もかも汚れました。ほら、雑誌もこんなになってしまって」
「だから言ったでしょう。普通そんなニコニコする所じゃありませんからね」
「〝やだぁ、もぉ〟」
「それです」
お嬢様は無邪気にけたけた笑った。足元にまとわりつく泥濘をブーツでバタバタ踏んでいる。
「それ、いつまでやります?子供じゃあるまいし。遊び過ぎですよ」
お嬢様と出会って後、これほど険を交えて苦言を呈したのは初めての事である。
「鈴木さん、御機嫌斜めですか?」
「いえ、そういう訳では」
その通りだが、だからと言って、お嬢様相手に感情的になる訳にもいかない。
「ね、鈴木さん」と、彼女は僕を見上げて「魔法は素晴らしいでしょう?憂鬱な雨が、これほどドラマティックになるんですよ」
言いたい事は分かるような気もした。だがお嬢様のツボが未だに分からない。
この勢いで、最後を告げるなら今か?空は、雨雲の影響もあってなのか、とっぷりと暮れてくる。もしここで告げたとして、この雨の中を放り出す訳にもいかないだろう。せめて家までは見送らないと……僕はお嬢様の様子を窺いながらタイミングを計っていた。
「鈴木さん、ディナーは、どう致しましょう」
「この格好では、ハイクラスなレストランは無理です」
「あそこはどうでしょう」と、お嬢様はその先のファミレスを指さした。
「何の記念日でも無い日、普通のデートはファミレスだと聞いた事があります」
僕らの身分では、確かに。
「この格好では無理でしょうか」
「ギリ行けます」
話は落ち着いてからでも遅くない。
従業員に顔色で拒絶されなければいいと心配していた事は杞憂に終わる。土砂降りの雨も手伝って、ほとんどがずぶ濡れで行列だった。日曜日は、家族連れで大賑わい。普通に、行列に並ぶ。1時間待って席に案内された。注文した料理が20分経っても出て来ない。だが彼女はずっとニコニコしている。
隣は6人家族がにぎやかだ。反対隣りは、何かの試合の帰りなのか、団体客がさっそくビールで乾杯している。彼女はそれらを眺めているだけで飽きないらしい。僕はと言えば……上手く行ったら今頃はこっちも健康ランドで一杯やっていたかもしれないと未練が漂う。夜になってから飛び込むというのは何となく金が勿体ない。そんな事を考えていると、程なくして料理が運ばれてきた。
ファミレスと言えば〝普通〟はハンバーグ。彼女に迷いは無い。すぐそこを子供が駆け回る。席がドリンクバーに近い事も手伝ってか、客が周囲を入れ替わり立ち替わり慌ただしかった。お嬢様は、興味津津で見物しているけど。
「もっと静かな所が良かったんじゃないですか」
「確かに、普通の恋人同士は静かな場所に行きたがると知っています」
「では本番、意中の方とは静かな所に行って下さいね」
みんながみんな、こんな状況に我慢できるとは限らない。僕はそう釘を差したつもり。「はい」と、彼女は返事もそこそこ「鈴木さん、ドライブなんですが、それはまた次の機会にお願い致します」とハンバーグを上品に口に運んだ。
これも約束致しました……と言い張るかもしれない。終結宣言を切り出すのはいつなのか。ずっと様子を窺っているものの、なかなか難しい。
食事を終えて、コーヒータイムになると、彼女はまた雑誌を開いた。よく見たら、それは去年発行である。さっきの雨で濡れたページがしなびている所を、彼女は大事そうに何度もハンカチで拭った。
「鈴木さん、ドライブは海です。恋人同士は必ず訪れると言います」
僕は重々しく頷いた。1年越しで憧れたドライブとはいかばかりか。
高町さんが、デートというシチュエーションの一体どこに興味を覚えるのか。僕はそこに興味を覚える。
「海というのはケンカして別れる場所NO1だそうです。スリリングですね」
「それでも行くんですか」
「はい。ぜひ」
普通に……2人は海に訪れ、そして普通にお別れ。
高町さんは、恋愛オールラウンド、一気に学ぶ気でいるのか。そう言う事なら、僕達の終結、迎えるタイミングにはちょうどいい気もしてくる。
「今度の日曜日は、時間をちょっと早めに来て頂けますか」
大丈夫でしょうか?と訊ねられた。行くか行かないか、ではない。早いか遅いか大丈夫かと問われると……「大丈夫です」
〝あなたと会うのは今日が最後です〟
スリリングなお別れになる予感を感じる。
この次。