迷彩男子の鈴木くんが、お嬢様の高町巫果さんに魔法を掛けるお話
「お」
門扉を出て静かな通りを行く。ふと高町家で話題に上った、例の公園に入った。こんな寂しい場所で、一体どうやって暮らしたのか。それは聞いてみたかった。
誰も居ない、夜は寂しい場所である。一人はかなり危険かもしれない。そういうスリリングを望んだのかもしれない。
僕は遊具の周りの鉄柵に腰を降ろした。手のひらをジッと見て、人差し指と中指、彼女のように僕も目を閉じて、唇に当ててみる。
「お」
意外とリアルで驚いた。よっぽど慣れた女の子でなければ間違えるかもしれない。正真正銘の酷い男だと思った。彼女の泣き顔が頭から離れない。ウソを付けば良かったというより、こんな事になるなら本当に奪っておけばよかった。
いつのまにか心奪われて、まるで僕の方が振られるみたいだ。
思い出したように、僕はネクタイを緩めた。
そう言えば、これは前の彼女のプレゼントである。
その彼女と別れて、そろそろ3年。仕事が忙しくなって、会えなくなって。
それは上杉部長のせいだと同僚は笑ってくれるが、それも間違いではない。
とはいえ部長の名誉の為に言っておくと、時間を割いても会おうという気が起きなかったのだ。僕も彼女も。最後にキスしてから何年が経つだろう。今の僕は、草食男子というほどの収穫も見込めない〝不毛男子〟である。
そんな僕が、爆発的に胸キュンというミラクルをここにきて経験していた。
大きな心の動きを魔法と言うなら、高町巫果は信条通りの革新を僕に与えてくれた事になる。
そして本当に終わった、と思う。
残るは、次の日曜日。
高町グループの〝社内運動会〟だ。
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