迷彩男子の鈴木くんが、お嬢様の高町巫果さんに魔法を掛けるお話
社内運動会・これだけは黙っておけない。
本日。
運動公園は晴天の下、絶好のスポーツ日和。
1チームはおよそ50人。全7チームで勝敗を争う規模の大きな社内運動会だった。優勝チームには海外旅行が送られるなど、その他、それぞれの競技で敢闘した選手にも豪華な景品が用意されている。
競技は全部で6つ。少ない様な気もするが、聞けば、社内運動会は金曜日の午後から開催という所もあるらしく、これが妥当らしい。目的は勝つ事ではなく、社内のコミュニケーション&チームワーク向上。それには十分なようだ。
チームは高町グループ内でそれぞれ構成される。お馴染みの仲間に人見知りも無いだろう。だが、僕らのチームはその他協力会社の言わば寄せ集め。
我が社からは僕と同期の渡部と言う男子、クリエイターから何人か、後は全く見も知らない男女である。渡された青の名前入りゼッケンを身に付けながら、僕達はまず自己紹介から入っていた。
女性社員の黄色い歓声の中、高町社長の挨拶が始まる。それが終わりを告げると同時に進行役が「さぁ、今日は特別ゲストをお招きしております」と、やけに勿体ぶるなぁと思っていたら、
「本日はなんと!モデルのエリカさんにも御参加いただきますっ!」
その瞬間、周囲の男性社員が色めきたった。高町社長の比じゃない。
「はぁーい」と現れた生エリカは、足を丸出しの短パンに、体のラインがくっきりのTシャツ姿。「今日は青いチームに入るよーん」と無邪気に手を振った。
「やべ。勃ってきた」
渡部に一撃喰らわしておくが。どっちにしても今日は競技にならない気がする。
音楽に合わせて準備体操を始めるエリカの向こうに、高町さんが居た。
僕と目が合って……気が付かなかったに違いない。彼女は両手を重ねて、ずっと何やらお祈りするようなポーズを取っている。
上杉部長はと見ると、高町社長と共に、悠々と来賓席で見物を決め込んでいた。
高町社長は家族の一件に触れて「なんか迷惑掛けちゃって悪かったね」
「いえ。お役に立てず申し訳ございません」
そこで妙な間があったと思ったら、
「君は分かりやすいようで曖昧だな。たまには本当の所を見たい気もする」
高町社長の言いたい事は分かる気もした。その昔、おまえは何かを押し殺すという自己犠牲を思わせる、と上杉部長に言われた事がある。それを感じさせるようでは失敗だ未熟者だ、とも言われた。その上杉部長も何やら言いたげに目配せしてくる。居心地の悪い来賓席を後にして、僕はしばらくそこら中をうろうろした。白状しよう。僕は彼女が、高町さんがどうしているのか気になる。
お相手とは会えたのか。上手くいっているのか。僕は本気で保護者だった。
彼女の姿を見た。
しばらく様子を窺っていると、高町さんは同じチームの男性とずっと話している。あれは例のお相手ではない気がした。まず歳がそぐわない。2人共赤いゼッケンを付けているから、バイト先の社員かもしれない。それからも何人か彼女にスリ寄って行くものの、どれも違う気がした。
僕が高町さんに近付こうとすると、微妙な距離が出来る。まさか避けられているのかと疑ったそこに、彼女の方からやって来た。
こんにちは。
こんにちは。
「いつかは、私の勝手な勘違いでご迷惑をお掛けしました。反省しています」
「いいえ。僕が失礼な事をして申し訳ありませんでした。お許し下さい」
その昔、大正デモクラシーとか、その辺り、こんな悠長な会話で恋愛が盛り上がるのかと疑っていた事を思い出した。……あると思います。
「お相手の男性には会えましたか」
「いえ。まだこれからです」
「良い出会いをお祈りしています」
彼女は頷いて、「そういう鈴木さんは、エリカと話しましたか」
「いいえ。ちょっと近寄れません。もう取り巻きが多くて」
「頑張って下さい。今日は鈴木さんのためにエリカを招待したのです。ぜひ仲良くなって下さいね」
そうやって線を引いた、と思った。彼女もけじめを付けたのか。そういう決着の付け方は何となく釈然としないけど。
1度は背中を向けた。だが、やっぱり我慢できない。
「高町さん」
僕は思い切って声を掛けた。これだけは黙っておけない。
「いいですか。魔法は封印ですよ」
「鈴木さん、分かっています」と、彼女は両手握りこぶしを決めた。
「勇気と覚悟で、そして努力でミラクルを起こしてみせます。見ていて下さい」
ずいぶんやる気だと思った。まさか結婚まで駆け上がる決意でいるのか。
僕の、保護者の役目は終わった。
寂しいのは秋のせいなんだと勝手に納得して、僕はチームに戻る。
運動公園は晴天の下、絶好のスポーツ日和。
1チームはおよそ50人。全7チームで勝敗を争う規模の大きな社内運動会だった。優勝チームには海外旅行が送られるなど、その他、それぞれの競技で敢闘した選手にも豪華な景品が用意されている。
競技は全部で6つ。少ない様な気もするが、聞けば、社内運動会は金曜日の午後から開催という所もあるらしく、これが妥当らしい。目的は勝つ事ではなく、社内のコミュニケーション&チームワーク向上。それには十分なようだ。
チームは高町グループ内でそれぞれ構成される。お馴染みの仲間に人見知りも無いだろう。だが、僕らのチームはその他協力会社の言わば寄せ集め。
我が社からは僕と同期の渡部と言う男子、クリエイターから何人か、後は全く見も知らない男女である。渡された青の名前入りゼッケンを身に付けながら、僕達はまず自己紹介から入っていた。
女性社員の黄色い歓声の中、高町社長の挨拶が始まる。それが終わりを告げると同時に進行役が「さぁ、今日は特別ゲストをお招きしております」と、やけに勿体ぶるなぁと思っていたら、
「本日はなんと!モデルのエリカさんにも御参加いただきますっ!」
その瞬間、周囲の男性社員が色めきたった。高町社長の比じゃない。
「はぁーい」と現れた生エリカは、足を丸出しの短パンに、体のラインがくっきりのTシャツ姿。「今日は青いチームに入るよーん」と無邪気に手を振った。
「やべ。勃ってきた」
渡部に一撃喰らわしておくが。どっちにしても今日は競技にならない気がする。
音楽に合わせて準備体操を始めるエリカの向こうに、高町さんが居た。
僕と目が合って……気が付かなかったに違いない。彼女は両手を重ねて、ずっと何やらお祈りするようなポーズを取っている。
上杉部長はと見ると、高町社長と共に、悠々と来賓席で見物を決め込んでいた。
高町社長は家族の一件に触れて「なんか迷惑掛けちゃって悪かったね」
「いえ。お役に立てず申し訳ございません」
そこで妙な間があったと思ったら、
「君は分かりやすいようで曖昧だな。たまには本当の所を見たい気もする」
高町社長の言いたい事は分かる気もした。その昔、おまえは何かを押し殺すという自己犠牲を思わせる、と上杉部長に言われた事がある。それを感じさせるようでは失敗だ未熟者だ、とも言われた。その上杉部長も何やら言いたげに目配せしてくる。居心地の悪い来賓席を後にして、僕はしばらくそこら中をうろうろした。白状しよう。僕は彼女が、高町さんがどうしているのか気になる。
お相手とは会えたのか。上手くいっているのか。僕は本気で保護者だった。
彼女の姿を見た。
しばらく様子を窺っていると、高町さんは同じチームの男性とずっと話している。あれは例のお相手ではない気がした。まず歳がそぐわない。2人共赤いゼッケンを付けているから、バイト先の社員かもしれない。それからも何人か彼女にスリ寄って行くものの、どれも違う気がした。
僕が高町さんに近付こうとすると、微妙な距離が出来る。まさか避けられているのかと疑ったそこに、彼女の方からやって来た。
こんにちは。
こんにちは。
「いつかは、私の勝手な勘違いでご迷惑をお掛けしました。反省しています」
「いいえ。僕が失礼な事をして申し訳ありませんでした。お許し下さい」
その昔、大正デモクラシーとか、その辺り、こんな悠長な会話で恋愛が盛り上がるのかと疑っていた事を思い出した。……あると思います。
「お相手の男性には会えましたか」
「いえ。まだこれからです」
「良い出会いをお祈りしています」
彼女は頷いて、「そういう鈴木さんは、エリカと話しましたか」
「いいえ。ちょっと近寄れません。もう取り巻きが多くて」
「頑張って下さい。今日は鈴木さんのためにエリカを招待したのです。ぜひ仲良くなって下さいね」
そうやって線を引いた、と思った。彼女もけじめを付けたのか。そういう決着の付け方は何となく釈然としないけど。
1度は背中を向けた。だが、やっぱり我慢できない。
「高町さん」
僕は思い切って声を掛けた。これだけは黙っておけない。
「いいですか。魔法は封印ですよ」
「鈴木さん、分かっています」と、彼女は両手握りこぶしを決めた。
「勇気と覚悟で、そして努力でミラクルを起こしてみせます。見ていて下さい」
ずいぶんやる気だと思った。まさか結婚まで駆け上がる決意でいるのか。
僕の、保護者の役目は終わった。
寂しいのは秋のせいなんだと勝手に納得して、僕はチームに戻る。