迷彩男子の鈴木くんが、お嬢様の高町巫果さんに魔法を掛けるお話
「あなたは、どちらの御子息様でしょう」
同僚の結婚式。
御招待されたパーティー。
お付き合いの打ち合わせ。
こんな事でもないと、プライベートでは絶対来ない場所である。
高町グループが経営するクラリス・ホテルは、程好いラグジュアリーな外観と、クラシカルな内装が評判で、女の子が結婚式に使いたい場所として絶大な人気があった。最近、雑誌で取り上げられた1階のカフェが評判で「まるでマリーアントワネットになったみたいなティータイムなの」らしい。「紅茶党の女子はここのスイーツに釘付けよ」らしい。都内周辺のアクセスにも便利で「彼との待ち合わせはいつもここなの」らしい。どれも社内の女性社員が言うわけだが、僕にはそれほど現実味が無い。
ホテルのラウンジには見慣れないドレスや着物のお客に混ざって、外国人もいる。華やかな団体を避けて、普通にスーツの団体が現れたのをこれ幸いと、迷彩人類らしく僕はその1部になって澄ましていた。
あの日の別れ際、高町社長から「2人が食事まで行けたら帰っていいから」と言われた事を思い出す。11時に待ち合わせて、2人が意気投合、上手く行けばそのままお食事、という流れのようだ。僕も早々に解放されて、久しぶりに豪華な健康ランドに繰り出せる。頭の中はすっかり癒しの楽園に飛んでいた。
秋だというのに暑い日が続き、秋特有の忙しさもピークで、この所は毎日シャワーだけで済ませている。たまの休みくらい、大きな湯船で思いっきり足を伸ばしたい。のんびりと。
時計を見たら、11時ちょっと前。僕は祈るような気持ちでティールームの出入り口を睨んでいた。高町社長の口ぶりからして、お嬢様は今まで誰とも食事まで辿り着けなかったという事である。オルゴールの妙なる調べで11時が告げられ、店内の音楽が華やかなクラシックに変わった。
そこへ、御令嬢……高町家のお嬢様、高町巫果さんが現れた。
いつかの写真の印象そのまんま。写真と違うのは、今日は秋らしい深い色合いの紅模様、そんな着物姿だった。帯、髪留め、飾り、見ているだけで鎧のようにずっしりと感じられる。それほど、お嬢様は華奢な体つきをしていた。顔出ちはやや丸顔で、つぶらな瞳とか上品な顎周りとか、それより何よりその肌の白さが目を引く。首や指先までもが真っ白で、化粧で造られた美白では無い事は僕にも分かった。
ザ・お嬢様。
写真で見る以上に、小さくて可愛らしい人である。すれ違う外国人には小学生ぐらいに見えているのか、ファンタスティックと言ったか言わないか、次々と不埒な口笛を聞かせていた。
お嬢様の姿を目に留めた従業員が、恭しくお辞儀をしたかと思うと、ティールームの一角に案内している。僕は少し後を追ってティールームに入った。お嬢様の席の側、ソファ席、コーヒーを注文して落ち着いて……お相手はすぐにやって来た。秋らしい色合いのソフトなジャケット、程好くカジュアルなボトムが、その長身によく似合っている。ホテルの雰囲気にもしっくり馴染んでいた。それを思うと、今日の僕の出で立ちは硬過ぎる。オフィスと何ら変わらない。
「うわぁ。写真以上に可愛い方だ。僕は幸運だなぁ」
邪気のない坊ちゃんタイプ。お相手は柔らかい笑顔を向けていた。
「私も、お会いできて光栄です」と、少々高い声で答えたお嬢様とは、見た感じ、似た者同士。お見合いと言っても仲人さんも居なくて2人だけ。まるでおとぎ話の1シーンを見ているような光景である。
お茶はどれにしましょうか。ケーキをどうぞ。この季節はモンブランでしょうか。今はマロングラッセが美味しいです……こっちに眠気が襲ってくる程、何の滞りも無く自然に会話は弾んでいた。
海外旅行が趣味と言うお相手は、ギリシャの街並み、ドイツのロマンチック街道などを上げて、「海外には年5回は行きたいと思うんですけど。なかなか時間が無くて」とか言っている。仕事が忙しくて、が理由ではないようだ。すんなり親の会社に入って、週3日の勤務という御子息のプロフィールが物語る。あくまでも時間の問題らしい。
こっちは入社5年目、手取りで月28万円。これでも良い方だろう。海外旅行なんて一生に1度行けたら御の字だ。というか、そのうち部長に付いて仕事で行く事の方が増える気がする。そうなると今よりもっと忙しくなりそう。
「この冬、御一緒にスキーとかどうですか。アラスカあたりで」
「良いと思います。素敵ですね」
お嬢様はうっとり、カップを傾けた。こんなにスンナリ進むものかと拍子抜けする。今日は意外に纏まるんじゃないか。もう帰ってもいいかな、と思い始めたその時、
「私から御子息様に、どうしてもお聞きしたい事がございます」
お嬢様の口調がやけに改まった。お相手に「どうぞ」と促されて、お嬢様は身を乗り出す。そこから、やけにもったいぶる。カップのお茶を飲み、ぼんやりと外を眺めて、2度も3度もお相手の様子を窺う。
なかなか口を開けないと思ったら、そこで意を決して、
「あなたは魔法を使った事がありますか」
その瞬間。
お相手は、まるで虫が飛び込んできたみたいに不意に眉をひそめた。
僕といえば……あぁ、いつだったかジブリの映画に〝この町に魔女は居ますか?〟って訊かれて〝最近見ないなぁ〟って呑気に答えたじいさんの頭は大丈夫なのか?って普通なら疑われるのにな。そんなくだらない事を言って世界観を壊すな!と友人に突っ込まれた事があった。ふと、そんな事を思い出す。
「まほう?」
相手の方は言われた言葉を繰り返して、狐につままれたような顔をしている。
「はい」と真顔でダメ押し。お嬢様は真剣そのものだった。
「ご自身でなくとも、御兄弟でも、御親戚でも、どなたか魔法を使った方は」
「巫果さん、今は現代ですよ。中世ヨーロッパではありません」
「分かっています」
「あぁ、ゲームか。戦士とかエルフとか。僕はああいう物は苦手ですが、巫果さんがやる事に反対はしません。お仲間に魔法使いが見つかるといいですね」
「これはゲームの話ではありません。あなたの身近の魔法です」
知らない。食べた事無い。お見合い相手も途方に暮れている。こりゃ難物だな、と言わんばかりに頭を抱えた。カップの紅茶が無くなったのを良いタイミングと見てか、「これからちょっと予定がありますので」と相手は早々に立ち去る。というか、ドン引きして逃げて行った。その背中を僕も一緒になって見送っていると、不意にそのお嬢様と目が合う。目を反らすのが遅かった。
「あの」
こう言われると、反射的に……また呪いかな。あ、いえ何でもないです。
頭で考えたつもりが、うっかり呟いていたらしい。
「呪いではありません。魔法です」
そこから、お嬢様は椅子ごと、僕のソファ横に貼りついて来る。肌の白さと大きな黒目が、まるで僕を取り囲むように間近に迫ってきた。お嬢様は御存じないのか?人にはパーソナルスペースと呼ばれる入禁の領域がある。こっちは思わず、体を引いた。
「魔法使いは、どこにも居ないんでしょうか」
「……僕は、見た事ありません」
面が割れてしまった。もう2度と、この尾行を頼まれる事は無いだろう。だからという訳じゃないが、こうなる原因を探って、詳細を高町社長にお伝えするのが、頼まれた者として僕が出来る精一杯じゃないかと思った。
「あなたは、なぜ魔法使いを探しているんですか」
そこでお嬢様は急に立ち上がる。
「来て下さい」と腕を引っ張られた。ほっそりした白くて綺麗な手、それに誤魔化されている間に、お嬢様は従業員に目配せして(恐らくお会計を見逃すように命じて)僕を店から連れ出し、そのままエレベーターに乗り込んだ。
扉が閉まってからも、彼女は腕を握ったまま離さない。「困ります」と言ってもそのまま。そこから「え?あ?」とか言ってるうちにホテルの上階、一室に辿りついてしまう。まさか入るのか。「どうぞ」と合図された。
「困ります」
「入って下さい」
「いや困りますって。本当に」
「あなたに、理由を聞いて頂きたいのです」
「それは、ここでも聞けますけど」
「一緒に、ぜひ見て頂きたい物があるのです」
そう言って入った部屋は広いゲストルームだった。荷物が、いくつか衣装らしきものが、そこら辺に置いてある。お嬢様はそこから別室のベッドルームに入って「どうぞ」と、また合図した。なんだこの非常識は。
「困りますって」
「これです」
真剣な目に押されて、僕は恐る恐る部屋を覗き込んだ。ベッドの上に何冊か雑誌が広げてある。漫画雑誌から、主婦御用達の生活雑誌まで様々であった。
「共通点があります。お気づきでしょうか」
女の本、とも言えない。男性向けの情報誌もその中にはあった。迷ったままの僕に痺れを切らしたのか、お嬢様は雑誌をいくつか手に取ると、
「見て下さい。どの年代雑誌も、魔法魔法と」
お嬢様は、雑誌の見出しを1つ1つ指差す。
〝魔法のひとさじ〟
〝恋の魔法〟
〝プリンセス・マジック〟
「魔法使いは居るのです。こうして、普通に魔法が存在しているでしょう?」
僕は雑誌を1冊、渡された。「いや、これは単なるキャッチコピ-で」
「それなのに」と溜息をつくお嬢様の耳に、それは届いていない。
「私は魔法を使った事がありません。残念な事に、家族にも使える者は居ないようです。なので、出会う方の中にそのような要素を見つけたいのですが」
「……なるほど」
思わず、部長の口癖が伝染ってしまった。
彼女は、お嬢様特有の世間知らずに加えて妄想癖、中2病が止まらないイッちゃってる女の子、という事のようだ。結婚、無理です。報告終わり。
まるで悪い夢を見ているようだった。ただただ、残念で。
「私、高町巫果と申します。学生です。清華大学で日本文化を学びながら、隆盛建設という会社で受付業務のアルバイトを致しております」
存じております。
高町グループとは聞こえてこなかった。そこは敢えて身分を晒さないよう、普段から気を付けているのかもしれない。
「あなたは、どちらの御子息様でしょう」
寝室に2人きりという事も手伝ってなのか、妙に居心地が悪い。まずはそこを出る。ホテルの一室というには広いリビング。見た所、お嬢様はここを独り占めしているらしい。生活感は見られないことから、ここに住んでいる訳ではなく、お見合いの衣裳部屋&準備室に充てられているといった風情だった。どうせ面が割れたのだと観念して「鈴木といいます。こういう者です」と僕は名刺を出した。
御招待されたパーティー。
お付き合いの打ち合わせ。
こんな事でもないと、プライベートでは絶対来ない場所である。
高町グループが経営するクラリス・ホテルは、程好いラグジュアリーな外観と、クラシカルな内装が評判で、女の子が結婚式に使いたい場所として絶大な人気があった。最近、雑誌で取り上げられた1階のカフェが評判で「まるでマリーアントワネットになったみたいなティータイムなの」らしい。「紅茶党の女子はここのスイーツに釘付けよ」らしい。都内周辺のアクセスにも便利で「彼との待ち合わせはいつもここなの」らしい。どれも社内の女性社員が言うわけだが、僕にはそれほど現実味が無い。
ホテルのラウンジには見慣れないドレスや着物のお客に混ざって、外国人もいる。華やかな団体を避けて、普通にスーツの団体が現れたのをこれ幸いと、迷彩人類らしく僕はその1部になって澄ましていた。
あの日の別れ際、高町社長から「2人が食事まで行けたら帰っていいから」と言われた事を思い出す。11時に待ち合わせて、2人が意気投合、上手く行けばそのままお食事、という流れのようだ。僕も早々に解放されて、久しぶりに豪華な健康ランドに繰り出せる。頭の中はすっかり癒しの楽園に飛んでいた。
秋だというのに暑い日が続き、秋特有の忙しさもピークで、この所は毎日シャワーだけで済ませている。たまの休みくらい、大きな湯船で思いっきり足を伸ばしたい。のんびりと。
時計を見たら、11時ちょっと前。僕は祈るような気持ちでティールームの出入り口を睨んでいた。高町社長の口ぶりからして、お嬢様は今まで誰とも食事まで辿り着けなかったという事である。オルゴールの妙なる調べで11時が告げられ、店内の音楽が華やかなクラシックに変わった。
そこへ、御令嬢……高町家のお嬢様、高町巫果さんが現れた。
いつかの写真の印象そのまんま。写真と違うのは、今日は秋らしい深い色合いの紅模様、そんな着物姿だった。帯、髪留め、飾り、見ているだけで鎧のようにずっしりと感じられる。それほど、お嬢様は華奢な体つきをしていた。顔出ちはやや丸顔で、つぶらな瞳とか上品な顎周りとか、それより何よりその肌の白さが目を引く。首や指先までもが真っ白で、化粧で造られた美白では無い事は僕にも分かった。
ザ・お嬢様。
写真で見る以上に、小さくて可愛らしい人である。すれ違う外国人には小学生ぐらいに見えているのか、ファンタスティックと言ったか言わないか、次々と不埒な口笛を聞かせていた。
お嬢様の姿を目に留めた従業員が、恭しくお辞儀をしたかと思うと、ティールームの一角に案内している。僕は少し後を追ってティールームに入った。お嬢様の席の側、ソファ席、コーヒーを注文して落ち着いて……お相手はすぐにやって来た。秋らしい色合いのソフトなジャケット、程好くカジュアルなボトムが、その長身によく似合っている。ホテルの雰囲気にもしっくり馴染んでいた。それを思うと、今日の僕の出で立ちは硬過ぎる。オフィスと何ら変わらない。
「うわぁ。写真以上に可愛い方だ。僕は幸運だなぁ」
邪気のない坊ちゃんタイプ。お相手は柔らかい笑顔を向けていた。
「私も、お会いできて光栄です」と、少々高い声で答えたお嬢様とは、見た感じ、似た者同士。お見合いと言っても仲人さんも居なくて2人だけ。まるでおとぎ話の1シーンを見ているような光景である。
お茶はどれにしましょうか。ケーキをどうぞ。この季節はモンブランでしょうか。今はマロングラッセが美味しいです……こっちに眠気が襲ってくる程、何の滞りも無く自然に会話は弾んでいた。
海外旅行が趣味と言うお相手は、ギリシャの街並み、ドイツのロマンチック街道などを上げて、「海外には年5回は行きたいと思うんですけど。なかなか時間が無くて」とか言っている。仕事が忙しくて、が理由ではないようだ。すんなり親の会社に入って、週3日の勤務という御子息のプロフィールが物語る。あくまでも時間の問題らしい。
こっちは入社5年目、手取りで月28万円。これでも良い方だろう。海外旅行なんて一生に1度行けたら御の字だ。というか、そのうち部長に付いて仕事で行く事の方が増える気がする。そうなると今よりもっと忙しくなりそう。
「この冬、御一緒にスキーとかどうですか。アラスカあたりで」
「良いと思います。素敵ですね」
お嬢様はうっとり、カップを傾けた。こんなにスンナリ進むものかと拍子抜けする。今日は意外に纏まるんじゃないか。もう帰ってもいいかな、と思い始めたその時、
「私から御子息様に、どうしてもお聞きしたい事がございます」
お嬢様の口調がやけに改まった。お相手に「どうぞ」と促されて、お嬢様は身を乗り出す。そこから、やけにもったいぶる。カップのお茶を飲み、ぼんやりと外を眺めて、2度も3度もお相手の様子を窺う。
なかなか口を開けないと思ったら、そこで意を決して、
「あなたは魔法を使った事がありますか」
その瞬間。
お相手は、まるで虫が飛び込んできたみたいに不意に眉をひそめた。
僕といえば……あぁ、いつだったかジブリの映画に〝この町に魔女は居ますか?〟って訊かれて〝最近見ないなぁ〟って呑気に答えたじいさんの頭は大丈夫なのか?って普通なら疑われるのにな。そんなくだらない事を言って世界観を壊すな!と友人に突っ込まれた事があった。ふと、そんな事を思い出す。
「まほう?」
相手の方は言われた言葉を繰り返して、狐につままれたような顔をしている。
「はい」と真顔でダメ押し。お嬢様は真剣そのものだった。
「ご自身でなくとも、御兄弟でも、御親戚でも、どなたか魔法を使った方は」
「巫果さん、今は現代ですよ。中世ヨーロッパではありません」
「分かっています」
「あぁ、ゲームか。戦士とかエルフとか。僕はああいう物は苦手ですが、巫果さんがやる事に反対はしません。お仲間に魔法使いが見つかるといいですね」
「これはゲームの話ではありません。あなたの身近の魔法です」
知らない。食べた事無い。お見合い相手も途方に暮れている。こりゃ難物だな、と言わんばかりに頭を抱えた。カップの紅茶が無くなったのを良いタイミングと見てか、「これからちょっと予定がありますので」と相手は早々に立ち去る。というか、ドン引きして逃げて行った。その背中を僕も一緒になって見送っていると、不意にそのお嬢様と目が合う。目を反らすのが遅かった。
「あの」
こう言われると、反射的に……また呪いかな。あ、いえ何でもないです。
頭で考えたつもりが、うっかり呟いていたらしい。
「呪いではありません。魔法です」
そこから、お嬢様は椅子ごと、僕のソファ横に貼りついて来る。肌の白さと大きな黒目が、まるで僕を取り囲むように間近に迫ってきた。お嬢様は御存じないのか?人にはパーソナルスペースと呼ばれる入禁の領域がある。こっちは思わず、体を引いた。
「魔法使いは、どこにも居ないんでしょうか」
「……僕は、見た事ありません」
面が割れてしまった。もう2度と、この尾行を頼まれる事は無いだろう。だからという訳じゃないが、こうなる原因を探って、詳細を高町社長にお伝えするのが、頼まれた者として僕が出来る精一杯じゃないかと思った。
「あなたは、なぜ魔法使いを探しているんですか」
そこでお嬢様は急に立ち上がる。
「来て下さい」と腕を引っ張られた。ほっそりした白くて綺麗な手、それに誤魔化されている間に、お嬢様は従業員に目配せして(恐らくお会計を見逃すように命じて)僕を店から連れ出し、そのままエレベーターに乗り込んだ。
扉が閉まってからも、彼女は腕を握ったまま離さない。「困ります」と言ってもそのまま。そこから「え?あ?」とか言ってるうちにホテルの上階、一室に辿りついてしまう。まさか入るのか。「どうぞ」と合図された。
「困ります」
「入って下さい」
「いや困りますって。本当に」
「あなたに、理由を聞いて頂きたいのです」
「それは、ここでも聞けますけど」
「一緒に、ぜひ見て頂きたい物があるのです」
そう言って入った部屋は広いゲストルームだった。荷物が、いくつか衣装らしきものが、そこら辺に置いてある。お嬢様はそこから別室のベッドルームに入って「どうぞ」と、また合図した。なんだこの非常識は。
「困りますって」
「これです」
真剣な目に押されて、僕は恐る恐る部屋を覗き込んだ。ベッドの上に何冊か雑誌が広げてある。漫画雑誌から、主婦御用達の生活雑誌まで様々であった。
「共通点があります。お気づきでしょうか」
女の本、とも言えない。男性向けの情報誌もその中にはあった。迷ったままの僕に痺れを切らしたのか、お嬢様は雑誌をいくつか手に取ると、
「見て下さい。どの年代雑誌も、魔法魔法と」
お嬢様は、雑誌の見出しを1つ1つ指差す。
〝魔法のひとさじ〟
〝恋の魔法〟
〝プリンセス・マジック〟
「魔法使いは居るのです。こうして、普通に魔法が存在しているでしょう?」
僕は雑誌を1冊、渡された。「いや、これは単なるキャッチコピ-で」
「それなのに」と溜息をつくお嬢様の耳に、それは届いていない。
「私は魔法を使った事がありません。残念な事に、家族にも使える者は居ないようです。なので、出会う方の中にそのような要素を見つけたいのですが」
「……なるほど」
思わず、部長の口癖が伝染ってしまった。
彼女は、お嬢様特有の世間知らずに加えて妄想癖、中2病が止まらないイッちゃってる女の子、という事のようだ。結婚、無理です。報告終わり。
まるで悪い夢を見ているようだった。ただただ、残念で。
「私、高町巫果と申します。学生です。清華大学で日本文化を学びながら、隆盛建設という会社で受付業務のアルバイトを致しております」
存じております。
高町グループとは聞こえてこなかった。そこは敢えて身分を晒さないよう、普段から気を付けているのかもしれない。
「あなたは、どちらの御子息様でしょう」
寝室に2人きりという事も手伝ってなのか、妙に居心地が悪い。まずはそこを出る。ホテルの一室というには広いリビング。見た所、お嬢様はここを独り占めしているらしい。生活感は見られないことから、ここに住んでいる訳ではなく、お見合いの衣裳部屋&準備室に充てられているといった風情だった。どうせ面が割れたのだと観念して「鈴木といいます。こういう者です」と僕は名刺を出した。