迷彩男子の鈴木くんが、お嬢様の高町巫果さんに魔法を掛けるお話
お友達教育
「鈴木さん、お久しぶりでございます」
「はい。お久しぶりです」
僕はいつかと同じスーツ姿。休日の意味が無い。正直、このホテルに釣り合う格好がこれ以外に思い付かない。スーツ軍団に揉まれてカフェに潜り込んだにも関わらず、僕は彼女にすぐ見つけられてしまった。この迷彩が、彼女には通用しないらしい。予約済みになっている席につき、ついでのようにコーヒーと紅茶を注文して一息。
高町巫果さんは単刀直入、
「兄から全て窺いました。御迷惑をお掛けして申し訳ございません」
彼女は先日の着物姿とは一変、今日は秋らしいブラウンのセーター?それがワンピース?であった。あの時は着物だったからよく分からなかったけど、こうして見ると意外と胸が大きい……じゃなくて、髪が長いという事を知った。
あの時は着物で頭はそれらしくまとめていたし、帯のせいで胸の辺りも良く分からないから……じゃなくて。
「兄は、あれからも色々と言うのですが」
家でかなり説教されているという事か、と勝手に思った。
「さっきもメールが来ました」
そこで彼女はスマホを取り出す。恐らく受信メールを開いた。
「〝鈴木くんを俺だと思って、何でも言う事を聞きなさい。盛り上がったら、今日は帰ってこなくていいからな〟とあります」
高町さんは「これに何と返信してよいか迷っています」と本気で悩み始める。
「ごめんなさい、鈴木さん。今夜は別の用事があるので」
「それ、冗談ですからね。分かってますよね?」
それには何とも返さず、彼女は雑誌を取り出した。開いたページには黄色い付箋紙が貼ってある。「実は良く分からないのです。兄からメールを貰って、さっきから色々と調べているのですが」
〝ホテルのスイートルーム。都会のイルミネーションに魔法を掛けられて〟
「兄が言いたかったのは、これの事だと思うのです」
また魔法か。
雑誌の見出しに〝巻頭特集 彼と初めてのお泊り〟とあった。いくらお嬢様でも大体は把握できているようだ。「これは閉じましょう」秒殺、脇にどける。
「まずはお友達という事で。お兄様にはそうお伝え下さい。確実に」
彼女は、たどたどしい手つきで、スマホを操り始めた。ずいぶん、のんびり。その間、僕はコーヒーを何度も口に運び、取り付く島を探して目線を泳がせた。
ただお茶するだけ、というのも身の置き所が無くて困る。これからどうしたもんかと悩んでいると、程なくして彼女の方から口を割った。
「まず、私の基本的な部分を分かって頂き、心を開いてから、私が魔法について思う事を伝える……鈴木さんは、そう仰いました」
僕は頷いた。
「例えば鈴木さんなら、そこで自分は魔法使いだと告白して下さいますよね?」
僕は周囲を警戒して、1度咳払いをした。
「あのですね。前提として、僕は普通の人間です。魔法なんか使えません」
過去も未来も一生掛っても使えません、と言い切った。
「頑固でいらっしゃるのね」とお嬢様は目を丸くしている。僕が今オフィスでどういう目に遭っているか。言った所で分かるまい。
「高町さん、ここは一旦、魔法は封印しましょう」
それは心外という反応のお嬢様を横目に、僕は冷徹を装ってコーヒーを一口すする。アルバイトとは違う社会勉強だと高町社長は言った。お友達教育だと、僕はそう思う事にする。
「高町さんは、普通の女の子としての生活を見直す必要があると思います」
僕を遣わした高町家の意図は、恐らくこれだ。
突然、お嬢様は椅子から立ち上がった。
それにこっちは驚いて、がちゃん!とカップをソーサーにぶつけてしまう。
「凄いわ」
お嬢様は目を大きく見開いて前ノリ、
「何も言わなくても鈴木さんには分かってしまう……さすが魔法使いです」
隣の客が、物珍しそうにこっちを見ている。その向こうは、まるで怪しい宗教かと疑う眼差し。肝心な所が耳に届かないよう、僕は立て続けに咳込んだ。
「鈴木さんの仰る通り」と言うので、何の事かと最初から説明を求めた所、
「私は、そういった普通の日常から、驚くようなミラクルを経験したいのです」
おや。
話が少々違う方向に流れ始めたと、この時は思った。「なぜそこに魔法?」と恐る恐る訊ねると「それしか無いでしょう」と彼女は自信満々で訴える。またそこから始めますか、とばかりに彼女は次々と雑誌を開いて、
「例えばこれです」
〝10万円ぽっちで起業〟
〝1日たった10分で見違えるように変身〟
そんな、雑誌の中の読者体験談を引き合いに出してきた。
「皆様、それまでの自分は普通だ、一般的だと、殊更強調しているでしょう?そこから、びっくりするような感動を得ていらっしゃる」
10万円ぽっちで。たった10分で。
「どれも素晴らしい魔法ですわ」
それを聞いてピンときた。
普通の生活と魔法。矛盾していると見えて、そうではない。その手の雑誌を読み耽るうち、一般人と同じ感覚からミラクル的な成功体験を望むようになった。それを魔法と呼んでいるに過ぎない……という事を、ここで知った。
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