恋文参考書




「……ねぇ」

「ん?」

「章さえよかったら、提案なんだけど」

「なんだよ」

「レターセット、一緒に買いに行かない?」



彼の表情を見ることはこわくて、うるさい心臓を無視して自分の指先だけを視界に入れた。

無駄な力の入った爪の先の色が変わる。



「お前、原稿あんじゃねぇか。
……これ以上迷惑かけるつもりねぇよ」

「息抜きくらいしたって怒られないよ」



ちらり、と視線を上げる。

そっと章と目をあわせ、唇を緩く、だけど確かに引き結ぶ。



こういう時はどんな表情をすればいいのかなぁ。

難しくて、わからないや。



ただ、どきどきするのとは違って、ほんの少しの罪悪感を伴う。

まるで章を適当な言葉で惑わすみたいで、薫先輩との関係を邪魔するみたいで。

実際はあたしのこんな誘い程度じゃ邪魔なんてできないって知っているけど。



章が気にしてくれている原稿は、もしかしたら少し遅くなるかもしれないけど、その分うんといいものを書き上げてみせる。

モチベーションって大事なんだよ。

こんな気分じゃ、なんとか書き終えても満足できるとは思えない。



それにアウトプットの作業って、ずっとしているとまるで言葉がからからに乾いて、枯れてしまうみたい。

どこかに出かけたり、なにか他のことをして自分の心を潤わせるようなことをインプットしないと、いい作品なんてできないんだ。



「お兄さん、あたし、いい文具店知ってますけど」

「……」

「どうする?」





< 122 / 204 >

この作品をシェア

pagetop