恋文参考書
とうとうツンデレどころかデレてるじゃない。
素直に『ありがとう』だって。あの章が。
ああだけど、感謝するのはあたしの方だ。
あたしの原稿のことを気遣ってくれた章を連れ出して、こうしてご飯まで一緒に過ごして。
どれだけ言葉を尽くしても足りないくらいなのに。
なのにこんな手紙をもらって、気分が上昇しないわけがない。
「……笑うな」
「ふはっ、うん」
「……」
頰を染めて、唇に歯を立てて睨みつけている章。
無駄だよ、もうあたし君のことなんてまったくこわくないもん。
のどの奥でこみ上げる笑い声をなんとか呑みこんだ。
「あたしこそ、今日はありがとう。楽しかったよ」
また行こうね、とは言えない。
その関係がさみしいけど、それでもいい。
嬉しかった。
幸せな時間だった。
いい思い出ができた。
「明日からまた、手紙を書く練習頑張ろうね」
笑って手を振る。
その場を立ち去る章の背を眺めながら、呼びとめることはない。
細く高い彼のその腰に抱きついたなら、と考えた自分を恥じる。
黒板消しで文字をこするように、その思いはかき消した。
人混みに呑まれるまで、章の姿を一身に見つめる。
手の中で紙ナプキンが、彼からの手紙がくしゃりと歪んだ。
そして、最初で最後の章とのお出かけ。
……あたしにとっての、デートが、終わった。