恋文参考書
「あれ?」
慌てて拾い上げようとするも、指先に力が入らない。
へらりと笑おうとするも、歪むばかりで思ったとおりにはいかない。
何度繰り返しても、するりとシャーペンを撫でるだけの右手首を左手で強く掴んだ。
書かなくちゃ。
そう思うのに、どうしても、……どうしても持ち上げることができない。
その理由に思い当たった時、情けなくてやるせなくて、だけどああ仕方がないとため息のような笑みが落ちた。
あたし、書きたくない。書けない。
どれだけ章に作品を思ってもらっても、あたしは作家じゃない。
作家としてだけでは生きていけないたちだ。
いつも文芸部で騒いで、教室で友だちとおしゃべりして、はじめての恋に胸を弾ませる高校生。
あたしの根本の部分は、ただの……女の子、なんだ。
だから章が薫先輩へ想いを伝えた話なんて、私には無理に決まっている。
上辺だけは誤魔化せたって、心が受けつけないからなにも書けない。
文字を扱うくせにペンを手にすることさえできないのも、悔しいけど理由はひとつ。
だって、章のことが好き。
叶わなくても、届かなくても、……大好きなんだ。