恋文参考書
ホームに入って来る電車。
ゆっくりと開いた扉をくぐり、その中に乗りこんだ。
その瞬間。
「日生!」
教室で呼ばれた時とは違う。
大きな声が響き、駅のホームには怒った顔をした章の姿がある。
ねぇ、ここまで走って来たの?
それってとてもしんどいはずなのに、意外と運動が得意なあたしに追いついた。
さっきのあたしよりずっと息を切らして、必死で、こんな季節なのに汗をかいて髪が頰に張りついている。
話すことがこわくて、だけどここまで来てくれたことが嬉しい。
閉まる扉に間に合わなかった章と透明な窓ガラス越しに見つめあう。
ひんやりとしたそれにそっと指先で触れた。
すると恋文参考書を取り出した章は、苛立ちか焦りか、ぞんざいな扱いでページをめくったかと思えば、油性ペンであっという間になにかを書きこむ。
ガラスに恋文参考書が押しつけられる。
そこに描かれていた言葉に、あたしはただただ瞳を大きく見開いた。
好 き だ
章の細く長い、人差し指。
章を指差し、
『────俺は』
あたしを指差し、
『────日生が』
唇が描く。
『────好きだ』