恋文参考書
ガタン、と音を立てて電車が動き出す。
恋文参考書を掴んだ彼の顔をまじまじと見つめた。
それが少しずつ遠ざかり、章の姿が見えなくなった。
周りの「今のすごーい!」だとかいう声がすぅっと耳をすり抜けて、なにも聞こえなくなっていく。
静けさの中で、自分の呼吸、心臓の音。
刻んでいたそれらの一定のリズムが崩れる。
「っ、」
素直になることができなくて、あんな見た目で実は周りの目を気にしていて。
不器用で、眩しい。
とても優しい、誰よりも優しい章。
そんな章が、好きだって。
あたしのことが、……好きだって。
あたしに声は届かなかったけど、確かにその文字は受け取った。
疑いようもないほど明らかなあたし宛の短いラブレターが、まるであたしを抱き締めたみたい。
力が抜けて、その場にしゃがみこんだ。
うつむきながら扉のそばの手すりにすがりついた。
「ふっ、ぅ……」
ぽろぽろと、涙が瞳からあふれる。
頰の上を転がってマフラーに吸いこまれていく。
そこに顔を埋めるようにして、うめき声のような色気のない泣き声を押しつける。
そしてあたしはただ、泣いた。