好きになれとは言ってない
 だが、つかつかとこちらに来た航は、
「お前、コンパの話はどうなった?」
と訊いてきた。

 声がデカいですっ、大魔王様っ。

「……て、手配しておきます」
とトレーを手にしたまま、俯きがちに言った遥に、うむ、と航は重々しく頷いた。

 ――ように見えた。

 いや、実際は、そうか、と軽く言っただけだったのだが、遥の耳にはそのように聞こえたのだ。

 おいおい、と大葉が航を肘でつつきながら言ってくる。

「なんだよ、コンパって」

「お前らも来るか?」
と言った航に、

「行く行くーっ」
とちょっとノリの軽い大葉は勢い良く答え、小堺は静かに手を挙げ、参戦の意志を伝えていた。

「参加するからには、一人引き受けろよ」
と言う航に、大葉が、

「なんの話だよ」
と言う。

「結婚退職だ」

 ひっ、と航の近くで食べていた女子社員たちが固まった。

 航は特に気にする風でもなく、少し考え、
「……あと十人だからな」
とぼそりと呟いていた。

 騒がしい社食の中では、それは小さな呟きに聞こえた。

 だが、聞き耳を立てていたみんなの耳にはよく聞こえたようで、航の周りから、波紋を描くように静まっていった。

 大魔王様、破壊力凄まじ過ぎです……。
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