好きになれとは言ってない
 相変わらず、体温高いな、と思っていると、
「あのときは、という意味だ」
と航は言う。

 では、今は多少は私に気があると? と深読みしている間に、アパートの下まで来てしまった。

「課長、無事におうちに着きましたよ。
 ちゃんと鍵開けて入ってくださいよ」
と言って手を振りほどこうとしたのだが、航は、

「なにを言ってるんだ、お前も来るんだ」
と遥を持ち帰ろうとする。

「えっ?

 いっ、嫌ですっ。
 帰りますっ」
と手を引っ張られながらも、その場に踏ん張っていると、サラリーマンらしき人がアパートに向かってくるのが見えた。

「下の階の人だな」
と航が言うので、抵抗をやめる。

 あの人、女の子を連れ込もうとして揉めてたよ、なんて、ご近所さんで噂になったら悪いかな、とつい、思ってしまったのだ。

 よく考えたら、自分を襲おうとしているかもしれない相手に対して気を使う必要などなかったのだが。

 どうもー、と笑顔で頭を下げると、向こうも挨拶してくれた。

 一階の角部屋のドアがパタンと閉まると、航が、
「よし、行くぞ」
と言う。

 遥は溜息をつき、観念して言った。

「はいはい。
 じゃあ、部屋まで着いていきますよ」
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