好きになれとは言ってない
『いや、逃げるものって……。
 女子なら、一度は抵抗しなきゃいけないって意味?

 でも、逃げられたら、余程自信のある男でない限り、俺のこと嫌いなのかなとか思っちゃうと思うけどね』

「はあ。
 そういうものなんでしょうか?」

『明日、兄貴に会ったら、自分からキスしてみたら?』

 えっ、と詰まっていると、
『あ、もしかして、自分からはしたことない?』
と訊いてくる。

 いや、自分からもなにも、さっき、課長とするまで、したことはなかったんですけどね、と思ったのだが、真尋に呆れられそうな気がしたので、黙っていた。

『ないなら、俺で練習してみる?』
と真尋は笑って言う。

 いや……だから、真尋さんは、いろいろと気にしなさすぎですよ、と思った。

 真尋なら、
『じゃあ、練習ね』
と言って、ひょいとキスして来そうだ。

 くれぐれも課長に言わないよう念押しして、礼を言って切った。

 ひとりになると、
『なんで逃げたの』
という真尋の言葉が頭を駆け巡る。
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