好きになれとは言ってない
 



「すみません、部長。
 遅くまでお付き合いいただいて」

 航は小会議室で書類を片付けながら、部長に礼を言った。

 昨日に続き、今日も部長にリストラのリストをチェックしてもらっていたのだ。

「いやいや。
 君ひとりに任せて悪いとは思ってるんだよ。

 嫌な仕事だからね。
 ああ、コンパの仕事は楽しそうだけど」

 そこだけ部長は笑っている。
 遥との噂を聞いているのかもしれないと思った。

「まあ、君の未来は安泰だから、頑張りなさい。
 誰もが嫌がる仕事を引き受けて、そのまんまってことはないから」
と言われたが。

 人をリストラしておいて、自分の未来は安泰だとか言われてもな、と思う。

 時計を見た。
 
 もう遥は帰ってしまっただろうか。

 帰りは、ひとり電車に乗り、空いている席に座った。

 そのうち、自分の隣りも空いた。

 女性ひとりくらいなら座れそうなスペースだ。

 だが、今日は呼び寄せる相手も居ないな、と思いながら、その空いている座席を見つめていた。





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