好きになれとは言ってない
 そのとき、いきなり、
「遥」
と呼びかけてきた航に両の肩をつかまれた。

 なななな、なんですかっ!

 ビクッとなって、遥は後退してしまう。

 すると、両肩を分厚い手でがっちりホールドしたまま、航が一歩前に出た。

 なんとなく、一歩下がる。

 何故、逃げる私ーっ! と心の中では絶叫していたが、条件反射だ。

「遥」

 地獄の底から響くような声で名前を呼ばれ、気がつくと、壁に追いつめられていた。

 ……殺されるっ!

 いや、違うか。

 だが、そのくらいの迫力が今の航にはあった。

「……何故、逃げる」

「すすす、すみませんっ。
 緊張しちゃってっ」

「嫌なのか?」

「そ……」
と言いかけ、遥は言葉を止めた。

 そんなわけないじゃないですか、と言おうとしたのだが。

 いや、そんな、自分で、さあ、どうぞ、みたいなのもおかしいな、と思って黙ってしまった。

 再び、沈黙が訪れる。

 やばいっ。
 早く言わなければっ、と思ったとき、コンコン、とノックの音がした。
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