好きになれとは言ってない
 お母さんが、引き抜いたあと、その人、無言でドライブインに入っちゃったんですけど。

 その人の後をついていく、友人らしき男の人は肩を小刻み震わせていましたよ。

 車に戻ったお母さんは、
『ぶにゅっとして、やわらかく、湿っていた……』
と言っていました。

 でも、ちょうどそれ、自動販売機の陰であったから、車に乗ったみんなは見てなくて、そんな莫迦なって、誰も信じてくれなかったんですよ~。

 刺された男の人もそうだったでしょうね」

 あははー、と遥は笑ったが、航は無表情なまま、つり革を持っていた。

 此処一発のネタを披露したのに、何故、笑わない……。

 周りの見知らぬ人たちの方が肩を震わせているというのに……。

 笑って、課長。

 笑ってくださ~い、と手で怪しい念のウェーブを送りそうになる。

「あ、あの、課長。
 困っていることがあるのなら、私に言ってください」

 そう言ってみたのだが、航は俯き、おのれの靴先を見て言ってきた。

「立ち退きの要求に応じない奴が居るんだ……」

 リストラの次は、今度は地上げっ!?
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