好きになれとは言ってない
 でも、それはきっと誰でも同じことだろう。

 千佐子さんだって、うちの母親だって、清乃さんだって。

 みんなそこを通り抜けてきて、今があるのに違いないのだから。

 そのとき、航が、
「此処でキスするんじゃなかったな……」
と呟いた。

「えっ? なんでですかっ?」

 航が閉めたはずの廊下に続く戸口を振り返りながら、
「いつ誰が入ってくるかわからないのに、続きが出来ないじゃないか」
と言うので笑ってしまった。

 航が焦ったように言ってくる。

「遥、星を見ろ。
 ひとつだけでも星を見ろ。

 このまま二人で此処に居たら、なにしに来たのか、わからなくなりそうだから」

 その口調に、遥は、は、はいっ、と慌てて短い階段を上がった。

 そっと望遠鏡を覗いた遥に、
「まあ、月は家でも見たことあるんじゃないか?」
と言ってくる。

「子どもの頃、お父さんが天体望遠鏡を買ってくれて見ましたけど。
 これは、全然、別物です」

 家の天体望遠鏡でも、月ははっきりクレーターまで見られたが、さすがに倍率が違う。

 すぐそこに月の表面があるかのように見えた。

 怖いくらい近い、と思ってしまう。
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