好きになれとは言ってない
朝、大魔王様は電車に居なかった。
出会えたら、本を返そうと思ったんだが。
会社では話しかけにくいからな、と思いながら、遥はひとり扉の近くに立っていた。
そういえば、朝、電車で一緒になったこと、一度もないな、と気づく。
違う車両に居るのかもしれないが。
もしや、私より早い電車なのだろうか。
会社に一番乗りとかしてそうだもんな。
遥の頭の中では、何故か、航は、朝一の電車の横を同じスピードで走っていた。
昨日の、身体を鍛えるのが趣味、という話が頭に残っているせいだろう。
いやいや。
電車に乗ってたじゃん、と考え直す。
今度は、空いている早朝の電車の網棚をつかんで、懸垂したり、吊り革を持って、吊り輪の演技をしていた。
いかんいかんいかん。
大魔王様に頭の中を読まれたら怒られるな。
そんなしょうもないことを考えながら、すぐさま渡せるよう持っていた航の本を手に、外の景色を眺めていた。