好きになれとは言ってない
はっ。
自販機の前に大魔王様がっ。
仕事中、総務から一歩出た遥は、廊下の自動販売機の前に居る航に気がついた。
慌てて本を取りに戻り、なんとなく、気配を殺して航に近づいて行ったのだが、ふいに、航が振り向く。
ぎゃーっ、と悲鳴を上げそうになったが、なんとか堪えた。
「古賀か。
おはよう」
「お、おはようございますっ。
昨日はありがとうございましたっ」
と頭を下げながら、突き殺しそうな勢いで、本を差し出すと、
「もう読んだのか」
と航は受け取らないまま言う。
「は、はい。
面白かったですっ。
そのまま車庫に入っていくほどっ」
とついうっかり言ってしまったので、仕方なく、昨日、航に借りた本を読んているうちに、車庫に入ってしまった話をした。
「車掌さんやお掃除の人に驚かれました」
見つかったとき、まだ本を読んでいたからだ。
「それで、線路沿いを途中まで歩いて帰ったんです」