泥棒じゃありません!


「……そこで、だ。なあ芦澤、俺と取引しないか?」

「――へ?」

私は言葉の意味がわからず、ぽかんと口を開けてしまった。
蓮見さんは不敵な笑みを浮かべている。

「俺が芦澤を警察に突き出さない代わりに、芦澤は俺の要求を無条件で呑むっていうのはどうだ?」

「要求……ですか……?」

蓮見さんは私になにを要求する気なのか。
もしお金だとしたら無理な話だ。今回の引っ越しで、予想以上の額が手元から消えてしまっている。そもそも、お金なら蓮見さんのほうがたくさん持っているのではないだろうか。


「お前の体を貸してもらう」

「……へっ」

まったく予想もしていなかった言葉に、声が裏返った。

「……なにか勘違いしてるだろ。体と言っても変な意味じゃないぞ。芦澤にはこの家の掃除と片づけをしてもらいたい」

「……は?」

私が、蓮見さんの家の掃除と片づけ……?

言葉を反芻してみても、動揺しすぎていてまったく言われたことが頭に入ってこない。

「見てのとおり俺はここに引っ越してきたばかりで、どうしても必要に迫られたもの以外はなにも片づけられていない。これから先忙しくなるのは必至で、俺だけでは何年経っても片づきそうにないんだよ」

「だから、私に片づけをしてほしいと……?」

「そういうことだ」

一瞬、自分の状況が頭に浮かんだ。自分の家すら片づけていない人間が、人の家を片づけている暇なんてあるのだろうか。

いやいや、自分の都合を考えている余裕はない。ここで断れば、蓮見さんは本気で私を警察に突き出す気だろう。
この取引に、はなから選択肢などないのだ。

「……わかりました」

「じゃ、これで取引成立ってことで」

蓮見さんは鼻で笑ってからそう言って、カップにあった飲み物を飲み干した。
私は少し俯き、ずっと左手に握りしめたままだった合鍵を恨めしく見つめていた。



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