不安の滓
 どういう流れからそのような話題になったのかは分からないが。
 人の話題は『怖いものとは何か?』というものになっていた。
 一人が「洋画のホラーが怖い」と言えば、もう一人が「いや、和製のホラーの方が怖いですよ。精神的にくる」と反論する。
 「妖怪の類は苦手だな」と言えば「いや、幽霊の方が怖いです」といった具合に、二人の会話は噛み合わないままに続く。
 それでも話題の中心は変わらぬままに、どういった流れなのか――話の矛先が私に向いた。
「マスターはどんなものが怖い?」
 眼鏡の男が私に聞いてきた。

「そうですね、私は人間が一番怖いと思いますよ」
 客との会話もバーテンの仕事である。
 さして興味を持てる話題ではないが、とりあえず話を合わせて自分の考えを述べてみた。
「ふむ……人間ね」
「例えば?」
 自分たちの会話が噛み合っていなかったところに、云わば中立地帯にいる人間――私の意見が新鮮に聞こえたのだろうか。
 二人は私の意見に思いのほか喰い付いてきた。
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