不安の滓
「例えば……こないだO市であった殺人事件とか」
 二人に促されるままに、私は『人間が怖い』という話の例を出してみた。
 私の言葉に、二人の顔が少しだけ強張ったような気がした。
 私が例に出した『O市で起こった殺人事件』、これが理由なのだろう。
 ここと似たような繁華街であるO市、そこにあるバーで殺人事件があったのだ。
 雑居ビルの中にあるバー、そのトイレの中で一人の男性が死体で見付かった。
 死体は切り刻まれているのに、まるで抵抗した形跡はない。
 ただ、その死体は余りにも細かく切り刻まれており、世間では猟奇殺人事件として扱われていた。

 O市はこの店がある街よりも大きな繁華街である。
 居酒屋やバーなどの飲み屋も多数存在している。
 殺人事件があったのは、このバーと同じような店だ。
 雑居ビルの中にある、小じんまりとした、小さなバー。
 小さな雑居ビルの中にあって、その中でもひときわ小さいバーである。
 店舗の中に便所は無く、そこにあるテナントの共用の便所がある。
 その便所でさえ男女共用のものが一つあるだけだ。
 そこから――死体が発見された。
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