不安の滓
 死体を発見したのは便所に用を足しに来た女性だった。
 鍵も掛かっていない便所の扉を開くと、そこにはかつて人と呼ばれたであろう肉塊が散在していたのだ。
 発見した女性が、室内に広がる肉片を人間だと認識し、精神の安定を図るための絶叫が口から出るまでに一分の時間を必要とした。
 警察が到着し、便所から採取した肉片の数は両手足の指の数を超えるものとなった。
 捜査の結果、殺された死体の性別は男であり、店員の証言によって死体発見の数時間前まで雑居ビルの中で酒を飲んでいたことが分かったのである。
 連れ立って来た女性と共に酒を飲んでいて、トイレに向かうために席を外し――そのまま便所で死体として発見された。
 容疑者として、連れの女性の目撃証言を集めたのだが身元が割り出されることは無かった。

 私がここまで話をしたところで、長髪の客がゴクリと自分のグラスに残ったブランデーの最後の一口を飲み干した。
 話をしているうちに、もう一人の眼鏡の中年はカウンターに伏して眠ってしまっていた。
「結局……犯人は捕まってないんだよね?」
 若者が私に問う。
「そうみたいですね。犯人と被害者は知り合いでもなかったようですし」
 自分が知る限りの情報で、私は若者に返答する。
「しかし……女性が大の男をどうやって細切れにしたんだろう……?」

「さあ……男はかなり酔っていたみたいですし。抵抗できないようにしてたんじゃないですか、酒の中に睡眠薬を仕込んだとか」
 若者の疑問に答える。
「それにしても……どうやって細切れにしたんだろう?」
 若者の疑問は尽きないようである。
「サバイバルナイフみたいなものがあれば可能ですよ。相手は死んでて暴れないんですから」
「いや、いくら暴れないからって言っても……なぜ、バラバラにする必要があったんでしょうね?」
 空になったグラスから、カランという氷の音が響いた。
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