不安の滓
『ハイ右!』
『いいや、左!』
『みーぎっ!』
『ひーだーりっ!』

 同僚の声と、聴いたことのないような低い声が、カーブが続く霧の中で必死にハンドルを動かす男を囃し立てる。

『もうちょっと!』
『あと少し!』

 あと少しで、車は山道を抜けるはずである。
 そうなれば、霧も少しはマシになるはずだ。
 人も居るかもしれない、そうすれば助けを求めることが出来るはずだ。

 そんな、微かな希望を持って、男は車を必死の思いで操縦する。

『はーやーく!』
『こっちにお、い、で!!』

 ラジオから流れる声は、必死な男を嘲笑うような口調に変わっていた。
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