不安の滓
 スピードが落ちない車を、必死で運転する男の視界に、霧の切れ間が見えた。

 見覚えのある街灯が見える。
 霧のために、どこまで来ていたのか分からなかったが、車は男の自宅まであと少しの場所まで来ていた。

(これで……助かる!)

 男の胸中に、希望の光が灯った。

 自宅の近くの地形は覚えている。
 まだ住宅が少ない山の奥、自宅の真横に大きな杉の木が生えている。
 その木に車をぶつけて止めることが出来れば――この速度ならば、ケガはするだろうが車から逃げることが出来るはずだ。
 
 男はそう考えた。

 街灯が見えた場所から、男の自宅までは一本道である。
 カーブも無く、運転をミスしてしまうことはもう無い。
 後は、慎重に車を停止させることを考えるだけである。
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