アフタヌーンの秘薬
「申し訳ありません……」
「私じゃなくてお客様に謝りなさいよ」
大声ではないけれど、低い声の花山さんは私を睨みつけている。
「明日お客様がもう一度ご来店されるので1つ分返金してください」
「はい……かしこまりました……」
花山さんは事務所に戻ると扉を強く閉めた。
横にいた川田さんも呆気に取られ言葉が出ないようだったけれど、花山さんがいなくなると「大丈夫?」と心配してくれた。
「平気です……すみません、レジ間違えてしまって……」
「いいのよ。お客様にも明日謝ればいいんだから」
ここでもカフェでもレジを間違うことはあっても、間違いに気づかないままお客様を帰してしまうことはなかった。疲れているとはいえ、これは危険な状態だ。
「いらっしゃいませ」
自動ドアが開き条件反射でお辞儀をして顔を上げると、来店されたのはお茶にうるさい松山様だった。
「こんにちは」
今日も高そうな着物を着て、上品に歩いて中央のイスに座った。
「今日は玉露の試飲がしたいわ。あなたにお願いしようかしら」
龍清軒を淹れようとした私に向かって松山様は微笑んだ。
「でも……あの……」
「お茶の勉強をされているのでしょう? 玉露をどれだけおいしく淹れられるようになったのか飲んでみたいの」
無茶な要望に言葉が出ない。まだ私には玉露を淹れるなんて自信がない。
「これを開けてください。買いますから」
松山様は棚から玉露の袋を取ると私の前に差し出した。
「かしこまりました……」
お買い上げくださるなら尚更失敗はできない。横で川田さんが見守る中、通常の茶碗よりも小さい玉露用の茶碗を温め、他のお茶よりも低い温度になるよう計算し、お湯を急須に入れる。抽出時間は多めの2分半。1秒たりとも間違えないように時計の秒針を凝視した。