アフタヌーンの秘薬

聡次郎さんの珍しい気遣いを嬉しく思う。

「今はもうそこまで金に困ってもいないだろ?」

「そうなんだけど……」

休みたいのは山々だ。でも龍峯を休んだら奥様や花山さんにどんな嫌みを言われるかわかったものではない。奥様は私が音を上げるのを待っている。龍峯を辞めるイコール聡次郎さんが政略結婚させられてしまうということなのだ。

急にめまいがしてテーブルに頬杖をついて目を閉じた。

「梨香?」

聡次郎さんの呼びかけにも反応できないほどだるい。

「大丈夫か?」

額に突然手が当てられた。いつの間にかそばに来た聡次郎さんが私の額に触れて熱があるか確認する。

「もう今日は早退するか?」

「大丈夫。熱もないでしょ?」

それでも聡次郎さんは心配そうな顔をする。
出会ったころに比べたら優しくなった。強引なところは変わらないけれど、今では私も緊張しなくなった。

「梨香」

「ん?」

聡次郎さんに再び名を呼ばれ顔を見た。

「いっそさ……籍を入れたことにすれば?」

「え?」

「もう入籍しちゃったことにすれば、母さんも梨香にうるさく言えない。龍峯でも無理することはない」

思いがけない提案に開いた口が塞がらない。私のそばで見下ろす聡次郎さんは真剣な顔だ。

「ここに出勤しなくていいし、梨香の好きに生活できる」

「何言ってるの。そこまでの嘘はつけないよ。それに、結婚したなら一緒に住まないのもおかしいでしょ? さすがに夫婦を演じるのは無理」

相変わらずのぶっ飛んだ提案に笑ってしまう。入籍したなんて嘘は通せない。
それでも今ほんの少し聡次郎さんからの提案を嬉しく思った。

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