アフタヌーンの秘薬

「それはよかった。俺は寝れなかったけど」

「どうして?」

「梨香が横で寝てるのに意識しないわけないだろ」

真顔でそう言われて返す言葉がない。

「手を握る以上のことをしないように必死だったよ」

「あの……ごめんなさい……」

やっぱり私がソファーで寝ればよかった。聡次郎さんに手を握られて私は安心して眠れたのに、聡次郎さんはそうじゃなかったのだ。

「いいよ。俺が自分で選んでそうしたんだから」

聡次郎さんの手が私の頬に触れた。

「でも、次寝室に来たら寝かさないから」

顔が赤くなるのを感じた。私を見つめる聡次郎さんはもう『偽』の恋人じゃない。

「今夜も泊まってく?」

いたずらっぽく笑うから慌てて首を左右に振った。

「帰ります。着替えたいし」

「送っていこうか?」

「大丈夫。もう自分で帰れるから。服は洗って返すね」

「気をつけて帰れよ。母さんにだけは見つからないようにな。うるさく言われるだろうから」

そうだ、昨日聡次郎さんとは別れると言ったのに、その日に泊まったなんて奥様に知られたら大変なことになる。

「他の社員にも見られないように非常階段で下りる……」

「梨香、もう社員にも家族にも全部バレてもいいんだ」

「え?」

「俺たちはもう本物の恋人だろ」

頬に触れていた手が離れ今度は膝に置いた私の手を握った。

「梨香のことが好きすぎて嫉妬もしちゃうけど、大事にするって言った言葉は嘘じゃない。これからずっと証明し続ける」

< 143 / 216 >

この作品をシェア

pagetop