アフタヌーンの秘薬

「それは違うよ」

突然割って入った声に、その場にいる全員が声のした方を見た。フロアの入り口に聡次郎さんが立っていた。

「三宅さんが退職するのは実は僕のせいなんですよ」

この言葉には花山さんはもちろん私も驚いた。

「実は今まで皆さんには内緒にしていましたが、僕と三宅さんはお付き合いしています」

私は目を見開いた。フロアのあちらこちらから驚きの声が上がる。
聡次郎さんは歩いて私の横に立った。

「時期をみて公表しようと思っていたのですが、僕たち結婚します」

「は!?」

驚いた私を無視して聡次郎さんは「なので寿退社です」と笑顔で言い放ったのだ。
聡次郎さんは間抜けな顔をして固まる花山さんと向かい合った。

「僕の婚約者がご迷惑をおかけし申し訳ありません。退職までご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します」

そう言って花山さんに頭を下げた。動けないでいる私に「梨香」と嗜めると、私も慌てて聡次郎さんに倣い頭を下げた。
フロア全体が呆気に取られる中、聡次郎さんは私の手を取りフロアの外へと連れ出した。



「聡次郎さん!」

非常階段の扉から踊り場に出たとき、私の動揺する声にようやく聡次郎さんは手を離した。

「何であんなこと……」

「言っただろ、もうバレてもいいんだって。見たか? 花山さんの顔」

聡次郎さんはいたずらが成功した子供のように笑った。

「これで辞めるまでの残りの期間、誰も梨香に手を出さないし傷つけない」

「手を出さないってどういう意味?」

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