アフタヌーンの秘薬
「あの、ここは龍峯茶園の本社?」
「そうだけど」
「ペットボトル飲料とかで有名な?」
「まあ老舗ってだけで、大手と比べてそんな売れてるわけでもないけど」
エレベーターが止まって扉が開くと目の前の廊下には窓から日の光が差し込み、奥にはマンションと変わらない藍色のドアがある。
「あの、お父様が社長ってことですか?」
「いや、父親は何年も前に亡くなって、今は兄貴が社長やってるよ」
日の光に当てられて目が眩み、私はパニックに陥った。龍峯茶園といえば私のような若い世代にもそこそこに知名度のある日本茶の販売会社だ。百貨店にいくつか店舗があり、ペットボトルのお茶はコンビニやスーパーなどに売られているのを見たことがある。
「すごい……」
「別にすごくないよ」
聡次郎さんは鍵穴に鍵を差し込むとドアノブを引いて何の違和感もなく私を中に招いた。
「わあ……」
思わず声を出すほどに聡次郎さんの自宅は広かった。
玄関からでもわかるほど、私の家の3倍はあるのではと思われる広いリビングにカウンターキッチン。ソファーとテーブルが中央に置かれ、テレビは見たことないほど大きい。廊下の横にはバスルームともう一つ部屋があった。
「ホテルみたい……」
「そこまでじゃないだろ」
「ううん、すごいです!」
ベランダからは古明橋のオフィスや大通りが一望できた。ビルから都会を見下ろした経験なんてないから感動してしまった。歩く人も車でさえも小さく見える。同じような高さのビルの中で働く人も窓ガラス越しに見える。
感動で満面の笑みであろう私を見て聡次郎さんは笑った。