アフタヌーンの秘薬
【乾燥】熱い風に吹かれ
昨夜から電話がひっきりなしにかかってくる。その全ては聡次郎さんからだ。けれど私が応答することはない。何も話したくないと思ったし、何を話したらいいか分からないからだ。
明日は龍峯最後の出勤日だ。聡次郎さんとの会話をもう想像できないのに最低限挨拶だけでもしないといけない。それがとても憂鬱だ。
カフェの閉店作業を終えて駅のロータリーを通るとクラクションが鳴らされた。驚いて鳴らした車を見ると、運転席から顔を出した聡次郎さんが私の名を叫んでいる。
「梨香!」
「うそ……」
その顔はあまりにも必死で、見たことがないほどに焦っている。
「梨香!」
運転席から聡次郎さんが叫んだ。何回も電話があったのに全て無視した。だから迎えに来たのだろう。
心配してくれたのかと思うと嬉しい。聡次郎さんの中で私はまだ存在しているのだ。
「梨香!」
何度目かの聡次郎さんの大声に、駅前にいる人の視線が集まってきた。
「梨香! 来て! 頼むから!」
私宛の懇願だと気づいた人たちが好奇の眼差しを向ける。珍しく焦っている聡次郎さんを無視することはできなくて、私はゆっくり車に近づいた。
「梨香……」
運転席に近づいた途端切ない声で名を呼ばれ、聡次郎さんを不安にさせたことに涙が出そうになる。
「連絡しろよ。どこにいるか心配するだろ」
「…………」
「もしかしてさ、出ていった?」