アフタヌーンの秘薬
恐る恐る開いたドアの外で聡次郎さんはアパートの廊下に寄りかかって私を待っていた。
「行くぞ」
短くそう言って私より先に階段を下りていくとアパートの前に止められた車の運転席に乗り込んだ。
「失礼します……」
私は後部座席に乗ろうとドアを開けると「またかよ」と聡次郎さんは呆れた声を出す。
「またこのやり取りするわけ?」
「そうでした……」
婚約者が助手席に乗らないのはおかしい。眉間にしわを寄せる聡次郎さんの横に座りながら反省する。
「すみません、ありがとうございます」
「シートベルトな」
「はい」
慌ててシートベルトをつける私を見て聡次郎さんはなぜか笑う。面白いものでも見るかのようだ。
「どうして迎えに来てくださったんですか?」
「婚約者なのに一緒にいる時間がないなんて変だろ? これくらいは演技しなきゃ誤魔化せない」
「そうですね……」
そう口にしてみたものの、家まで迎えに来てもらうなんて申し訳ない。
「龍峯に出勤の日は可能な限り迎えに来るから」
「そんな、申し訳ないです!」
「申し訳なく思わなくていいよ」
「でも自宅が職場なのにわざわざ私の家まで来るの面倒じゃないですか?」
遠慮しているのに聡次郎さんは「別に負担じゃないから」と無表情で運転している。雇い主がそう言っているのだからここは甘えるべきなのだろう。本音は聡次郎さんのそばにいるのは気を遣うし居心地が悪いのだけど。