アフタヌーンの秘薬

慶一郎さんを挟んで反対に座った月島さんの前に茶碗を置くと、小さく「ありがとうございます」と言ってくれた。たったそれだけのことで不機嫌な気持ちが浄化されてしまう。聡次郎さんとは大違いだ。

「新茶のパッケージを去年のグリーンから淡いピンクに変更してもいいのでは? 桜の季節で華やかなものがいいのではないかと」

議論の中で聡次郎さんの口が開いた。

「パッケージに合わせた柄の茶筒をプレゼントするのも面白いと思います」

「無料特典ならそんな大きいものは付けられませんね。でも茶筒をもらって嬉しいものでしょうか?」

1人の男性が聡次郎さんに意見した。それに対して聡次郎さんは男性をまっすぐ見据えた。

「お茶の袋を輪ゴムでとめて取っておく人だって多くいるはずです。案外茶筒もほしい人はいるのでは? 自分では茶筒まで買おうと思う人はいませんから」

普段見ている自分勝手な聡次郎さんとは違う、真面目に仕事をする姿は意外だった。専務らしいこともしているじゃないかと見直した。







会議が終わったタイミングで休憩に入った私は、廊下に置かれた冷蔵庫からお弁当を出してエレベーターに乗った。
恐る恐る入った会議室にはまだ数人の社員が残っていた。会議が終わったというのに書類を広げ、立ち上がる気配がない。

「失礼します」

知らない顔ばかりの中に入っていくのは勇気がいったけれど、私の休憩時間は決まっているのだ。落ち着かず休憩にならないけれどしょうがない。
会議室の奥のテーブルの端で聡次郎さんがまだ打ち合わせをしていることに気がついた。

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