アフタヌーンの秘薬

「お疲れ様です……」

会議室にいる人に挨拶をした。私の顔を見て「お疲れ様です」と返してくれる社員がいるのに、役職が付いているはずの聡次郎さんは私をチラッと見ただけで言葉を発しない。
ムッとしたけれど気にせず離れた席に荷物を置くと、お弁当をレンジに入れ温めた。電気ポットに水を入れてスイッチを入れ、従業員用のお茶の葉を急須に入れた。

「そのお弁当、手作りですか?」

男性の社員さんにそう聞かれ、照れながら「そうです」と返した。

「節約しようと思って」

お給料日まであと少しだけれど、冷蔵庫の残りの食材が持ちそうにないほど食費が厳しい。無駄なものは一切買わずに自炊を心掛ける。飲み物は龍峯のお茶があるのは助かる。

「おいしそう! 俺のも作ってほしいくらい」

「えへへ……」

褒められたから照れて思わず変な声が出た。料理が得意とはいえないけれど、味や見た目にも気を遣い頑張っているつもりだ。いつ買ったのかも忘れてしまった冷蔵庫の底の野菜が役に立つ。

「三宅さんお茶淹れて」

突然聡次郎さんが話しかけてきた。

「はい?」

「お茶、淹れて」

聡次郎さんは笑顔で私にお茶を要求する。穏やかな声ではあるけれど目が笑っていない。それに普段『梨香』と呼ぶのに『三宅さん』と呼んだのにも違和感だ。社員にバレた方が好都合だと言ったくせに。

「はい……」

返事をして立ち上がると、ちょうど電気ポットのお湯が沸いたところだ。

「そうじ……専務、龍清軒でいいですか?」

『聡次郎さん』と呼びそうになり焦った。他の社員がいるのだから油断できない。

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