アフタヌーンの秘薬

「遠慮しないでください。実はお願いしたい事があるんです」

「お願いですか?」

「まあ、まずは頼んでください」

男性は貼り付けたような笑顔でテーブルを滑らせるように私にメニューを押し出してくる。戸惑いながらも店員にドリンクバーだけを注文すると男性は自分もドリンクバーを追加した。

「飲み物は何を飲まれますか?」

「あ、自分で行きます」

「いいえ、僕が取ってきますから」

男性は立ち上がろうとした私を制してドリンクを取りにいった。

「申し遅れました。僕は龍峯聡次郎と申します」

戻ってきた男性は私の前にオレンジジュースの入ったコップを置くと名刺を差し出した。

「たつみね……そうじろう……」

名刺の名前を声に出して読んだ。名刺には大手飲料メーカーの社名が印字されている。

「あの、私にどんな御用でしょうか?」

「実は僕の婚約者のふりをしていただきたいんです」

「は?」

「僕の婚約者として親に会っていただきたいんです」

「………」

真顔で告げられた意外な要件に体が固まってしまった。得体の知れない目の前の男性が気味悪く思えてくる。

「突然こんなことを言われても困りますよね。でもこれは是非あなたにお願いしたいんです。もちろんお礼はいたしますので」

どういうことだともっと詳しく話を聞こうとしたとき、龍峯さんの携帯が鳴った。

「ちょっと失礼します」

龍峯さんはカバンからスマートフォンを出し画面を見ると、私に軽く頭を下げ電話に応答した。

「もしもし……ああ、今駅を少し歩いたとこのファミレスにいる……彼女も一緒だ……お前も来てくれ……じゃあな」

< 8 / 216 >

この作品をシェア

pagetop