3度目のFirst Kiss
出張って言うのは、きっとお昼に奈緒子が言ってたのと同じだ。展示会はチームで行っているから、大きなイベントになると、3.4名の社員で指揮命令系統を固めて、現場のお客様対応は現地の派遣スタッフさんにお願いするのが定例だ。

「そう、大変だね。奈緒子も出張だって言ってたし、同じイベントだね。」

「はい、山根さんがいてくれると助かるんですよね。対応も的確だし。でも、去年までは広瀬さんもいてくれたからもっと助かってたのに、今回は広瀬さんがいない分、大変になりそうです。」
 
山根というのは、奈緒子の名字だ。

「奈緒子がいれば充分でしょ。彼女は、普通の人の
2倍の仕事を平気でこなせるんだから。」

「広瀬さんは、最近はイベントとかないんですか?」

「来月にあるよ、大阪で。今もその打ち合わせが終わったところです。」

私は、時計の方に目を向けた。休憩してから15分が過ぎていた。

「私はそろそろ行かなきゃ。生田君は、もう少し休憩して行くでしょ?」

私は、ポケットからチョコレートの箱を生田君に
差し出した。

「これ、嫌いじゃなかったら、どうぞ。疲れた時には癒されると思うよ。」

「ありがとうございます。お言葉に甘えて頂きます。
僕、チョコレート好きです。」

生田君は会社では「僕」と「私」を使い分けている。

彼は、今、完全に仕事モードだ。なのに、私は生田君の放った『好きです』って言葉にドキッとしてしまう。チョコレートのことを言っただけなのに。

私は立ち上がって、休憩所を後にしようとした。

「広瀬さんの今度のイベントって、梶さんとの仕事ですか?」

不意に生田君が聞いてくる。

「そうだよ。さっきの打ち合わせも一緒だった。」

「梶さんと一緒か・・・。」一週間ぶりに話をした生田君は通常通りだった。

奈緒子には強がってみたけど、生田君も少しぐらいは動揺してもいいんじゃないかと。
私が忘れてと言ったけど、私の方は本当には忘れられていない。

邪念を振り払い、仕事に集中することにした。

こういう時は少しぐらい忙しい方が精神衛生上はいいのかも知れない。若い頃の様に、仕事さえ手に付かなくなることは幸いにも、もうない。
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