3度目のFirst Kiss
 野村さんは、8時ぐらいまでは医務室にいてくれると言っていたので、後、2時間弱の時間がある。

私は、早速、仕事に取り掛かった。

イベントは、当日は華やかなイメージが強いけど、
実際は、当日までの準備は地道な作業がほとんどだ。当日の成功は、一つずつ積み上げていく作業の上に成り立っている。

私は、やっぱり、この仕事が好きだ。

仕事がひと段落した時、デスクの上にそっと、
紙コップのコーヒーが置かれた。

振り返ると、生田君が立っていた。

「広瀬さん、ありがとうございます。自分でやるって言ったけど、本当はすごく助かってます。」

「気にしないで。これは山根さんのためにやってることでもあるんだから。」

「俺、かっこ悪いですよね。結局、広瀬さんに助けられてるんだから。」

生田君が「俺」と言った。彼が仕事中なのに、本音を話してる。

「助けるなんて、そんな大したことはできないよ。
ちょっと、手伝ってるだけだから。それにこういう時は、お互い様だから。私だって、生田君が頑張ってるのは知ってるつもりだよ。」

私も生田君につられて、ちょっと本音を話してしまう。
彼は、何とも言えない切ない顔をする。

「取り敢えず、山根さんのやりかけてた仕事は終わったから。このコーヒーを頂いたら、山根さんの様子を見て、家まで送って来るね。」

時計は、もうすぐ、8時を指そうとしていた。
私が、あまり遅くなると、医務室の野村さんも帰れなくなる。

「山根さんの段取りは完璧だから、私でも、他の仕事も手伝えると思うの。だから、遠慮せず、何でも言ってね。山根さん程分かってないから、生田君に色々と聞くかもしれないけど。」

「ありがとうございます。」

生田君が深々と頭を下げる。

今、このフロアに残っているのは、北村さんと梶さん、他、数人の営業だけだ。

私は、それぞれに挨拶をして、1階の医務室に向かった。
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