恋はたい焼き戦争
毎日が苦痛で仕方なかった。
家に帰っても悲惨な状況を目の当たりにして、自分が何なのかわからなくなるだけ。
でもやっぱり足が向くのはそこだった。
その日、家には既にお父さんがいた。
こんなことは久しぶり。
最近は私が寝た後に帰ってきて、お母さんに傷の手当てをしてもらってたから。
気になるから帰ってくるまでは寝たふりをしていたけどね。
だからこんな時間にお父さんがいるのなんて珍しくて、嬉しいような怖いような不思議な気持ちだった。
『おかえり、鈴』
『た、ただいま…』
何で、今日は家にいるの。
いつもの戦場はどうしたの。
聞きたいけど聞けない。
こんな子供が立ち入っていい話なの?
『鈴。ちょっとこっちにおいで』
すると案の定、お父さんに手招きされた。
『うん…なに?』
『父さんたち、最近いつも外に出ていただろう?心配かけてすまなかったな…だがもう片付いたんだ』
もう大丈夫なの?そう一言だけ聞くとお父さんは、ああと答えて少し微笑んだ。
でもそれ以上、踏み込んでは聞けなかった。
やっぱり私の立ち入ってはいけない領域なんだと感じた。
『そういえば、鈴が可哀想だと噂されてる話を耳にしたんだ。
お前はどう思う?』
一瞬思考が停止した。
今、絶賛悩み中のタブーな質問ですよ?
ああ、それね!
全然そうは思わないなー!
だって幸せだもん!
そう言おうとして開けた口に温かい液体が流れ込んできた。
それは拭っても拭っても溢れ出てきて止まらない。
本当はね、嫌だったの。
消したくても消せない、部屋に充満するむせかえるような血の匂い。
帰ってきたお父さんや皆の殴られた跡、手に残る誰かを殴った証。
その後、何事もないかのように手当てするお母さんの姿。
周りから可哀想だと言われること。
可哀想だと言われる所以は、きっとお父さんの極道っていうものに関係している。
周りが言うことを認めればお父さんの生き方を否定し侮蔑することになる。
それだけは嫌だった。
私だけはお父さんの味方でいようと、いたいと強く思っていた。
だからお父さんもお母さんもみんなも大好きで、そんな素敵な家族がいるんだから幸せに決まっている…
そう思い込みたかったのかもしれない。
それでも帰ってくるお父さんの姿は明らかに周りとは違っていて、普通ではないことを否応なしに感じる。
私は可哀想な子なの…?
そんな中、お母さんが手当てするのを見てはっと気付かされた。
お母さんはお父さんの生き方を受け止めているのに私は疑った?
もしかして今、周りの人と同じことを考えていた…?
そんな自分が嫌で嫌で耐えられなかった。
苦しくて、しんどくて、辛かった。
誰かに言いたくても誰にも言えなくて、ずっと自分の中にしまい込んで。
いつか折がつくと思っていても、どんどんと膨らんでいくそれを1つの胸では収めきれなかった。
そんな私の心の内を、今まで口に出せなかった気持ちをお父さんは私の頭を撫でながら静かに聞いてくれた。
ちゃんと伝わっていたのかな。
涙でぐしょぐしょになった顔。
嗚咽で所々とぶ言葉。
枯れた喉。
きっと聞き取りづらかったと思う。
でも、そんな私の言葉をお父さんは静かに聞いてくれていた。