猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
談話室の大きな窓の外はすっかり日が落ちていた。室内は灯りがともされ、仄かに薔薇が香る。一瞬、ここから漂ってきたのかとも考えたが、厚い扉を通り抜けるほどではない。

土で汚れた服を着替えこざっぱりした格好になったセオドールは、やはり外仕事を生業としているようにはみえなかった。

「待たせてしまったな」

ラルドはグレースの手を引き椅子に誘い、自分もゆったりと腰を下ろす。しばらくすると薔薇の香りが濃くなり、それぞれの前に、セオドールの手により磁器製のカップが置かれる。

「なかなかいらっしゃらないので、まだお目覚めではなかったのかと。――まずは一杯どうぞ。あの薔薇で作った香茶です」

にこやかに向けられた笑みが、二階でしていたことを見透かされているように思えるのは、グレースの深読みであって欲しい。
面持ちを少し強張らせつつ器を取った。縁に口をつけると、薔薇の香りが鼻腔を抜けていく。

「あ、味は普通」

たしかに一般的な薔薇茶より香りが強く、鼻の前に生花を置かれていると錯覚しそうだ。だが香りの印象が強すぎて期待が高まっていたせいか、いつも飲むものと大きな差のないことが強調されてしまう。

グレースの率直すぎる身も蓋もない評価に、セオドールが苦笑いで新しい茶を作り始めた。グレースは興味津々で手元に注目する。

彼が瓶から取り出したのは、ひとつひとつ丁寧に紙に包まれている乾燥させた葉の塊。それを高さのある器に入れると、沸かし立ての湯を静かに注いだ。

固く閉じていた茶褐色の塊が、熱い湯によってゆっくりと解されていく。まさしく開花の瞬間を見守るように、息を潜めて器の中を覗いていたグレースの目が大きく見開かれた。

「花が咲いたわ」

徐々に色が濃くなる茶の中に、黄色い花が浮かんで現れたのだ。

「昔知り合った東国の商人に見せてもらったことがありまして。無理をお願いし、ラルド様に取り寄せてもらったんです」

新しく注がれた茶は、飲み慣れた香草から作る茶とは違いしっかりした味と香りがした。その中にほんのりと甘い香りも混じり、なんともいえない趣がある。それに加えて目も楽しませてくれるとは、ずいぶんと贅沢な茶である。

再び器を湯で満たし、二煎目を待つ。ゆらゆらと水中で咲く花は、ずっと見ていても飽きなかった。

「素敵ね。こんなお茶、初めて見たわ」

セオドールが告げた国は、クレトリアから馬を使っても数か月かかる東の地にある。この小さな塊が、そんなに長い旅をしてきたのかと思うと妙に感慨深い。

「実は、あの薔薇でこういうお茶を作ってみたいのです」

「それはいい考えね!きっと人気が出ると思う」

どのような仕組みで開くようになっているのか、目をこらしてもグレースにはさっぱりわからないが、貴婦人たちがこぞって飛びつくに違いない。それによって自領が潤うのはいいことだ。







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