猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
器の中の花を見つめていたグレースが、勢いよく顔を上げた。

「一緒に器も作れない?花が開くところがもっとよく見られるような!ガラスはやっぱり割れてしまうのかしら」

透明度を高めたガラスなら横からも様子が観察できる。ただし熱湯を入れるとなると難しい。
この国のガラス製造の技術はどの程度のものなのか。どんな形が映えるだろう。
グレースの頭の中は、あっという間に新しい香茶と器のことでいっぱいになっていく。

期待に胸をふくらませるグレースだったが、彼女を眩しそうに眺めていたはずのラルドが、意地悪く水を差した。

「それは悪くない考えですが、その前にいくつかの問題を解決する必要があります。まず花の周りに巻く茶の葉が採れる木を手に入れなければ、どうにもならないのです」

ラルドは中心の花を包んでいた茶葉を指し示し、この辺りには生息していないものだと説明する。遙か東国から苗を仕入れることができたとしても、気候のまったく異なるこの国で育つ保証はない。
代わりとなる香草がみつけられると良いのだが、セオドールに視線を送ると申し訳なさそうに肩をすくめられた。

基本的なことから計画がつまずいているのを知り気落ちするグレースに、さらなる追い打ちがかけられる。

「それに加工技術も学ばなければいけません。人を呼ぶにしろ、現地に送るにしろ、一朝一夕で片付く事案ではないのです」

他にも次々と問題点を並べ立てられ、商品化までの道程の遠さを説く。一番の難関は、国交のない彼の国との距離ということになりそうだ。
出鼻をくじかれ、グレースは肩を落とした。

そんな彼女をけしかけるように、頬杖をついたラルドが口の端を持ち上げる。

「ですが、貴女の計画よりは早く実現できると思いますよ」

「わたし……の?」

初めはきょとんとしたグレースだったが、すぐに墓標の前で宣言した件だと気づく。

「はい。さすがに千年はかからないかと」

「……わたしだって、千年もかけない」

挑発を受け勇んでみせるが、具体的になにから手を付ければよいのかも思い浮かばいない。まずはそこからの出発という心許ない状況にも、グレースは決意を新たにする。

こちらのほうが『花咲く香茶』以上に茨の道であることは、もとより百も承知だ。

グレースの瞳の奥に、消えそうもない炎が灯ったことを見留めたラルドは、満足げに笑みを深くする。

「千年?なんのお話ですか」

ひとり意味のわからないセオドールが首を傾げていた。

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