猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
夕食の支度が調ったというので、一同は食堂に移動した。

「本当にたいしたものがご用意できなくて。お口に合うかどうか……」

「連絡もせず突然来たわたしたちが悪いのよ。気にしないで」

並べられた料理はどれも素朴な家庭料理。温かな湯気と芳ばしい香りが空腹を刺激する。派手な見た目も高級な食材もないが、存分に食欲を満たしてくれるものだった。
久しぶりに夫と食事をともにしたグレースは、口に入れば重畳などと考えていたことを、心の中でコニーに詫びる。

度重なる失態に恐縮しているマリは、やや丸みのある見かけによらず手際よいコニーの指示で、いつも以上に働いていた。普段は奥方付きの侍女がする必要のない、給仕や後片付けのような仕事まで任されても、文句のひとつも零さない。

その一方で、なにかの拍子にラルドと目が合うと、ひっと息を呑み慌てて逸らす。あまりの怯えた様子に、よほど酷く脅かしたのかと、グレースは夫の腕を陰でつねったほどだ。


寝室の支度が終わるまでの間、グレースとラルドは書斎で待つ。小規模ながら多岐にわたる蔵書が並ぶ部屋は、静かな夜にピッタリだった。

グレースは薔薇茶を、ラルドは食後の酒杯を片手に穏やかな時間を過ごす。

ヘルゼント領へ来てから体験した様々なことを、グレースはラルドに報告して聞かせた。
途中、伯爵夫人らしからぬ行動に呆れられたりもしたが、オルトンも畑仕事をしていることは知らなかったらしい。ラルドは、厳格だった父親の変わりようにしきりと驚いていた。

ライラを寝かしつけてから様子を窺いに顔を出したセオドールに、ラルドは有無を言わさず同席を求める。

「まだ仕事が残っているので、少しだけですよ」

などといいながらも楽しそうに杯を交わすふたりは、主従というよりも、兄弟か友人のようにみえた。


夜も更け、マリが呼びに来たので二階に上がる。グレースが案内されたのは、フィリスの部屋と打って変わって、広さはあるが人の営みのまったく感じられない居室だった。

長期間使用されていなかった部屋のようだが、掃除は行き届き、寝具類もマリとコニーの手で、いますぐにでも休めるように整えられている。お湯の支度までしてあり、今日一日の埃と疲れを洗い流すことができた。

「明日の朝には通いの使用人たちも来ますし、伯爵のお屋敷から身の回りのものも届くと思いますので、一晩だけご不便をおかけします」

袖丈と裾が少し足りない寝間着をコニーから借りる。外出用に動きやすい服を選んできたとはいえ、着替えが終わるとやはり身が軽くなったのを感じた。
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