猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
マリもコニーも残りの仕事に戻り、身震いがしそうなほど静かな部屋にグレースはひとり残される。この状況に既視感を覚えた理由に思い当たって、自然と扉に目を向けていた。

――まさか、ね。
鏡台の前でくすりと漏らした笑い声に、扉の開く音が重なる。予想に違わぬ顔が現れ、グレースは破顔した。

「どうしたのですか?やけにご機嫌ですね」

「だって、考えていたとおりになったんですもの」

首を捻りながら近づいてくるラルドを、グレースは満面の笑みで立ち上がって迎える。

「貴方が入ってこないかな、って」

両手を広げて抱擁をねだる妻を、躊躇うことなくラルドはその胸に抱きしめた。

「僕は予想外のことばかりで驚いています」

腕の中から夫を見上げたグレースが小首を傾ける。自分はまた、おかしなことをしてしまったのだろうか、と。

「困り顔も怒った顔もいいですが、やはり貴女は思いきり笑っているほうが、数十倍素晴らしいと教えてもらいました。そしてその笑顔で出迎えてもらえることが、こんなにも嬉しいということも」

「わたし、いつもそんなにしかめっ面ばかりしていたかしら?」

「ええ。ここに深いシワを刻んで。実はそのまま、シワが消えなくなったらどうしようかと悩んでいました」

心外なことを言われシワの寄る眉間に、ラルドが唇で触れた。途端にグレースは愁眉を開く。

「だったらもう、心配はないわね。貴方が不本意な結婚生活を強いられているわけではないとわかったのだから」

ふと、ラルドの表情が不安そうに曇った。

「グレースはまだ、この結婚を不本意だと思っていますか」

妻の気持ちが自分にあるとわかっていても、自由な結婚ができる世の中にしたいと言ったグレースの本心を確かめようとする。いつものラルドらしくない気弱な発言が、おかしくも嬉しい。

「そうね。やっぱり不本意だわ。時をやり直せるのなら、貴方と結婚する前に戻りたいと思う」
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