猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
余裕の笑みを湛えながら言えば、ラルドは小さく息を呑みグレースを抱く腕の力を強めた。

「誰かに命じられるのではなく、自分の意思で、わたしから貴方に結婚を申し込みたかったわ。でも、あの時点だと断られてしまっていたかしら」

それは困る、と顔を歪めたグレースを抱きしめていた腕が解かれる。くるりと背を向けられてしまい、ラルドの表情がわからない。

「……ラルド?」

呼びかけに、くつくつとした笑い声が返ってくる。やがてそれは、真夜中の屋敷中に響き渡るのではと心配になるくらい盛大な高笑いとなった。

腹を抱えて笑い続けるラルドへ、グレースは憤然として文句を言う。

「失礼ね。そんなに笑うようなこと?もういいわっ!」

せっかく素直に答えたというのに、これでは話にならない。まだ肩を震わせている夫を無視して、寝室へと向かおうとした。

「待ってください」

唐突に笑い声が止み、手を掴まれて引き止められる。グレースが不機嫌も露わにして振り返れば、つい今し方まで大笑いしていたとは思えない真剣な顔のラルドがいた。

「本当に貴女って人は……。困るのはこちらのほうです。ええ、それは非常に困ります」

「なんでよ。やっぱりこんなおかしな女とは結婚できない、とでも考え直したの?」

半ば自棄になって言い放つと、ラルドはグレースの手を取ったままその場に片膝をつく。

「そんなわけがないでしょう?――愛する人への求婚くらいは、どうか男にさせてください」

指先に口づけを落とし、戸惑うグレースを見上げた。

「ヘルゼント伯爵としてではなく、ラルド・スタンリーク個人として、あらためて貴女に結婚を申し込みます。グレース、僕の妻になってくれますか?」

「……バカね。いつ、何度訊かれてもわたしの答えは同じよ。『はい』だわ」

返された答えに満足して頷き、ラルドはもう一度グレースの手に唇を当てる。そこに点された熱はじわりと広がり、グレースを暖かく包み込んでいった。
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